第92話 成長を記録する者たち
魔界スキル商店の朝は、いつも静かだった。
大勢の客が押し寄せる店ではない。
看板を見つけた者だけが辿り着ける、森の奥の小さな店。
しかし、その静けさとは裏腹に、店の奥では大量の情報が整理されていた。
アルトは机の上に並んだ帳簿を確認する。
以前なら、帳簿に書かれているのは購入履歴だけだった。
誰が。
どのスキルを買ったのか。
いくら支払ったのか。
それだけ。
しかし今は違う。
観測水晶によって集められた記録が増えている。
スキルを得た者が、その後どう成長したのか。
どのような変化が起きたのか。
どんな条件で新しい能力が発現したのか。
それら全てが、魔界スキル商店の研究資料になっていた。
「ずいぶん増えましたね。」
リリアが帳簿を眺めながら言う。
アルトは頷いた。
「ええ。」
「以前は、スキルとは完成した商品だと思っていました。」
リリアが少し驚いた顔をする。
「店長がですか?」
「はい。」
アルトは一冊の古い帳簿を開いた。
そこには過去に販売したスキルの一覧が記録されている。
「スキルは存在するもの。」
「それを解析し、適性のある者へ渡す。」
「それが私の仕事だと思っていました。」
しかし。
今は違う。
ポヨン。
レオン。
カイン。
彼らを見てきて分かった。
スキルは渡した瞬間に完成するものではない。
使う者によって変化する。
成長する。
新しい可能性を生み出す。
「スキルとは、力ではなく可能性なのかもしれませんね。」
アルトの言葉に、リリアは少し笑った。
「店長がそんなことを言うなんて珍しいです。」
「そうですか?」
「はい。いつもなら『研究対象です』とか『解析する価値があります』って言いそうです。」
アルトは少し考える。
「それも間違ってはいません。」
「でも。」
一瞬だけ言葉を止める。
「結果を見るのは、悪くありません。」
◆
その頃。
人間界のある町。
冒険者ギルドでは、一人の青年が注目を集めていた。
レオン。
少し前まで、誰も期待していなかった冒険者志望の青年。
才能がない。
剣の才能もない。
魔法の才能もない。
そう言われ続けた男。
しかし今。
彼の名前は少しずつ広がっていた。
「またレオンか。」
掲示板を見る冒険者が呟く。
「最近、討伐成功率がおかしくないか?」
「普通だろ。」
「いや、普通じゃない。」
別の冒険者が首を振る。
「相手より圧倒的に強いわけじゃない。」
「なのに勝つ。」
「経験したことを全部次に活かしてる。」
その言葉通りだった。
レオンの戦い方は派手ではない。
巨大な魔法を放つわけでもない。
特殊な剣技を使うわけでもない。
ただ。
昨日より少し上手くなる。
昨日より少し強くなる。
その積み重ねだった。
本人はそれを特別だと思っていない。
「まだ足りない。」
依頼から戻ったレオンは、傷の手当てをしながら呟く。
「もっと上手くなれる。」
以前なら。
この言葉の後には、
「どうせ才能がないから」
という諦めが続いていた。
しかし今は違う。
努力した分だけ、自分は変わる。
その事実を知っている。
だから止まらない。
◆
別の場所。
湿地帯では、小さな騒ぎが起きていた。
「また増えたぞ!」
スライムたちが叫ぶ。
中心にいるのはポヨン。
そして、その周囲には大量の子スライムたち。
以前は弱いだけのスライムだった。
しかし今では違う。
分裂。
その能力によって生まれた仲間たちは、それぞれ違う経験を積み重ねている。
探索が得意な個体。
防御が得意な個体。
魔力操作が得意な個体。
そして必要な時には、一つへ戻る。
「便利すぎるだろ……。」
周囲の魔物たちは呆れながらも認めていた。
ポヨンは最強の魔物ではない。
しかし。
仲間と共に成長するという、他の魔物にはない力を持っていた。
◆
魔界スキル商店。
観測水晶には、それぞれの姿が映っていた。
アルトは静かに確認する。
【努力】
成長率:継続
【分裂】
適応率:上昇
【共鳴契約】
研究段階:第二段階
リリアが尋ねる。
「店長。」
「もし、この人たちがもっと強くなったらどうするんですか?」
アルトは少し考えた。
「どうする、とは?」
「例えば……。」
リリアは言葉を選ぶ。
「世界を変えるような存在になったら。」
アルトは観測水晶を見る。
そこには、自分がスキルを渡した者たちがいる。
しかし。
アルトは首を振った。
「私が変えるわけではありません。」
「彼ら自身が選んだ結果です。」
「私はきっかけを提供しただけです。」
その答えに、リリアは黙った。
アルトらしい。
だが。
同時に気付いていた。
この店が生み出しているものは、単なるスキルではない。
可能性そのものなのだと。
◆
その夜。
魔界の地下深く。
一人の魔族が報告書を読んでいた。
「三件。」
部下が答える。
「確認できているだけで、三件です。」
「普通ではあり得ない成長をした者が存在します。」
魔族は眉をひそめる。
「原因は?」
「全員、共通点があります。」
報告書が机へ置かれる。
そこに書かれていた名前。
【魔界スキル商店】
魔族は静かに笑った。
「なるほど。」
「眠っていた才能を掘り起こす店か。」
「ならば。」
目が細くなる。
「放置するわけにはいかないな。」
魔界スキル商店。
その存在は、少しずつ世界に知られ始めていた。
そして。
その価値を認める者だけではなく。
恐れる者もまた、現れ始めていた。




