第9話 オーガと守護③
グロンが集落へ戻ったのは、それから三日後だった。
「帰ったぞー」
集落の門をくぐりながら声を上げる。
だが返事は少ない。
相変わらずだった。
「お、弱虫が帰ってきたぞ」
「今度はどこで泣いてきたんだ?」
戦士たちが笑う。
以前なら俯いていた。
だが今は違う。
グロンは苦笑しながら受け流した。
魔界スキル商店での出来事があったからかもしれない。
不思議と気持ちは落ち着いていた。
「じいちゃんは?」
「畑だろ」
そう聞いてグロンは集落の外れへ向かった。
◆
畑では祖父が鍬を振るっていた。
肩の怪我もかなり良くなっている。
「帰ったか」
「ただいま」
祖父はグロンの背中を見る。
そして眉を上げた。
「斧はどうした」
「売った」
「ほう」
驚くかと思った。
怒るかと思った。
だが祖父は笑っただけだった。
「お前らしいな」
グロンも笑う。
そして商店の話をした。
店主のこと。
スキルのこと。
守護のこと。
祖父は最後まで聞いていた。
「それで、その力は使えるのか?」
「分からない」
「正直だな」
「試しに発動できないらしい」
祖父は大笑いした。
「欠陥品じゃねぇか!」
二人で笑う。
久しぶりに穏やかな時間だった。
◆
その夜。
異変は突然訪れた。
ドォォォン!
地面が揺れる。
大きな衝撃音。
寝ていたグロンは飛び起きた。
外から悲鳴が聞こえる。
「魔獣だ!」
「門が破られた!」
「総員戦闘準備!」
嫌な予感が走る。
急いで外へ飛び出した。
そして息を呑む。
そこにいたのは、先日とは比較にならない巨大な魔獣だった。
全長五メートルはある。
黒い毛皮。
鋭い牙。
赤い目。
シャドウウルフの群れを率いる上位種。
ブラッドファング。
集落の戦士たちが次々と吹き飛ばされていた。
「まずいぞ……」
誰かが呟く。
実際まずかった。
戦士長ですら押されている。
◆
「逃げろ!」
叫び声が響く。
住民たちが避難を始める。
グロンも動いた。
戦うためではない。
避難の手伝いだ。
子供を抱える。
荷物を運ぶ。
老人を支える。
だが。
その時だった。
「じいちゃん!?」
祖父の姿が見当たらない。
胸がざわつく。
慌てて畑の方へ走った。
そして見つける。
祖父がいた。
転んでいた。
足を怪我している。
そして。
その前にはブラッドファング。
巨大な魔獣が牙を剥いていた。
◆
間に合わない。
そう思った。
祖父も悟ったのだろう。
苦笑していた。
「逃げろ、グロン」
「嫌だ!」
グロンは叫ぶ。
体が震える。
怖い。
相手は強い。
勝てるはずがない。
昔の自分なら逃げていたかもしれない。
だが。
目の前にいるのは祖父だ。
守りたい相手だ。
失いたくない相手だ。
その瞬間だった。
胸の奥が熱くなる。
何かが弾けた。
◆
――守護。
頭の中に言葉が響く。
全身を光が包んだ。
淡い金色。
体の奥から力が湧き上がる。
恐怖が消える。
いや。
正確には違う。
怖いままだ。
それでも前へ出られる。
それが【守護】だった。
「グロン!?」
祖父が目を見開く。
グロンは前へ出る。
祖父を背にして立つ。
魔獣と向き合う。
◆
ブラッドファングが飛びかかった。
巨大な牙。
避けられない。
直撃する。
だが。
バキィッ!
鈍い音が響いた。
グロンは吹き飛ばされない。
倒れない。
足が地面を踏み締めていた。
「なっ……」
自分でも驚く。
確かに痛い。
だが耐えられる。
いや。
守らなければならない。
その思いが体を支えていた。
◆
ブラッドファングが再び襲う。
爪。
牙。
体当たり。
次々と攻撃が飛んでくる。
グロンは反撃しない。
ただ受ける。
祖父へ届かないように。
後ろへ通さないように。
ひたすら耐える。
それだけだった。
だが。
時間が稼げた。
◆
「戦士長!」
「今だ!」
集落の戦士たちが集まる。
包囲が完成する。
ブラッドファングが気付いた時には遅かった。
四方から攻撃が叩き込まれる。
最後に戦士長の大斧が振り下ろされた。
魔獣は大きく吠える。
そして崩れ落ちた。
静寂が訪れる。
戦いは終わった。
◆
グロンはその場に座り込んだ。
全身が痛い。
腕も足も傷だらけだ。
だが。
祖父は無事だった。
「馬鹿者」
祖父が笑う。
目には涙が浮かんでいた。
「無茶しおって」
グロンも笑う。
「守りたかったから」
その言葉を聞いた瞬間。
祖父は何度も頷いた。
◆
周囲の戦士たちも集まってくる。
皆、黙っていた。
そして。
戦士長が口を開く。
「勘違いしていた」
グロンが顔を上げる。
「俺たちは強さを履き違えていたらしい」
誰も笑わない。
誰も馬鹿にしない。
先ほどまでの軽蔑はそこになかった。
「今日、一番強かったのはお前だ」
戦士長がそう言った。
グロンは返事ができなかった。
胸が熱くなる。
だが不思議だった。
認められたことは嬉しい。
それでも。
一番嬉しかったのは。
祖父を守れたことだった。
◆
その夜。
集落では久しぶりの宴が開かれた。
中心にいたのは戦士長でもなく英雄でもない。
一人の優しいオーガだった。
そして遠く離れた荒野の外れでは。
魔界スキル商店の店主が帳簿を閉じていた。
「なるほど」
アルトは小さく呟く。
【守護】の顧客記録に、新しい一行を書き加える。
成功。
その文字を書き終えると、静かにペンを置いた。
次の客は、もうすぐそこまで来ていた。




