第8話 オーガと守護②
カラン。
鈴の音が静かに店内へ響いた。
「いらっしゃいませ」
店の奥から現れた青年は、グロンを見るなり少しだけ目を細めた。
大きい。
店の天井に頭がぶつかりそうなほどの巨体だった。
歴戦の戦士にも見える。
だが、その表情はどこか困ったような顔をしていた。
「お客様ですね」
「あ、ああ」
グロンは緊張していた。
戦いよりもこういう場所の方が苦手だ。
何を話せばいいのか分からない。
アルトは椅子を勧めた。
「どうぞ」
「ありがとう」
オーガ用ではないため少し小さい。
だが何とか腰を下ろす。
しばらく沈黙が続いた。
そしてアルトが口を開く。
「本日はどのようなご用件でしょうか」
グロンは拳を握った。
言葉を探す。
そして。
「強くなりたい」
そう言った。
アルトは黙る。
何も書かない。
何も作らない。
ただ静かに見ている。
妙な沈黙だった。
やがてアルトが尋ねる。
「何のために?」
グロンは答えようとする。
だが言葉が詰まった。
強くなりたい。
そう思ってここへ来た。
なのに。
「……分からない」
ぽつりと漏れる。
アルトは急かさない。
店内には時計の音だけが響いていた。
やがてグロンは少しずつ話し始める。
集落のこと。
戦士たちのこと。
祖父のこと。
魔獣の襲撃のこと。
そして。
自分が動けなかったこと。
全部。
◆
話し終えた頃には、外は夕方になっていた。
グロンは少し恥ずかしくなる。
初対面の相手にこんなに話したことはなかった。
「なるほど」
アルトは静かに頷く。
「お客様は強くなりたいわけではありません」
「え?」
グロンは顔を上げた。
「違うのか?」
「はい」
アルトは即答した。
そして続ける。
「お客様は守りたいのです」
その瞬間。
グロンの胸が大きく揺れた。
祖父に言われた言葉と同じだった。
守りたい。
そのための力が欲しい。
それが本当の願い。
「そうか……」
自然と声が漏れる。
アルトは紙を取り出した。
ペンが走る。
淡い光が文字を描いていく。
やがて一枚のカードが完成した。
そこに刻まれていたのは――
【守護】
だった。
◆
「守護……」
グロンが呟く。
アルトは説明を始めた。
「このスキルは守るための力です」
「敵を倒すためではありません」
「守る?」
「はい」
アルトはカードを指差した。
「お客様が守りたいと強く思った相手に対して発動します」
グロンは聞き入る。
「発動中、お客様の耐久力は大幅に上昇します」
「傷付きにくくなるということか?」
「正確には違います」
アルトは首を横に振った。
「傷付くことを恐れなくなります」
グロンは眉をひそめた。
意味がよく分からない。
だが不思議と心に残る言葉だった。
◆
「価格はいくらだ?」
グロンは尋ねた。
商店なのだから当然だ。
アルトはカードを見る。
少し考える。
そして答えた。
「金貨五枚」
グロンは頷いた。
払える。
問題ない。
だがアルトは続けた。
「それと」
「まだあるのか?」
「はい」
アルトは微笑んだ。
「お客様の武器をいただきます」
グロンは固まった。
背中に背負っていた巨大な戦斧を見る。
父から譲られた物だ。
オーガにとって武器は誇り。
特にこの斧は特別だった。
「なぜだ?」
「必要だからです」
アルトはいつものようにそれ以上説明しない。
◆
店内に静寂が落ちる。
グロンは戦斧を見つめた。
何度も握った。
だが実際に使った回数は少ない。
戦いが嫌いだったから。
それでも手放すとなると迷う。
父の形見でもある。
思い出もある。
簡単には決められない。
アルトは待っていた。
急かさない。
説得もしない。
選ぶのは客自身。
そういう店なのだろう。
しばらくして。
グロンはゆっくりと戦斧を下ろした。
「分かった」
カウンターへ置く。
重い音が響く。
「これで頼む」
アルトは静かに頷いた。
◆
金貨を支払う。
戦斧を渡す。
契約は成立した。
アルトがカードを差し出す。
「使用しますか?」
「もちろんだ」
グロンは迷わなかった。
カードに触れる。
光が溢れる。
暖かい。
まるで誰かに背中を押されるような感覚だった。
そしてカードは消える。
体の奥へ溶け込むように。
「終わりです」
アルトが言う。
グロンは自分の両手を見る。
特に変化はない。
筋肉も変わらない。
力も変わらない。
「本当に成功したのか?」
「はい」
アルトは頷いた。
「ただし」
そこで言葉を切る。
「このスキルは、お客様が本当に守りたいと思った時にしか力を発揮しません」
「つまり?」
「試し打ちはできません」
グロンは苦笑した。
なんとも変わったスキルだ。
◆
帰り際。
扉の前でグロンは振り返る。
「店主」
「何でしょう」
「俺は強くなれると思うか?」
アルトは少し考えた。
そして答える。
「それは分かりません」
予想外の返答だった。
だがアルトは続ける。
「ただ」
「ただ?」
「守るために戦う者は、案外強いものですよ」
静かな声だった。
グロンは思わず笑う。
不思議な店主だ。
励ましているようで、励ましていない。
優しいようで、どこか突き放している。
だが嫌な気はしなかった。
「また来る」
「お待ちしております」
◆
店を出る。
夕暮れの荒野を歩く。
背中の戦斧はもうない。
代わりに胸の奥には新しい力がある。
本当に役に立つのかは分からない。
だが不思議と不安はなかった。
遠くに故郷の山々が見える。
守りたい場所。
守りたい人たち。
祖父の顔が浮かぶ。
グロンは歩みを速めた。
まだ知らない。
近いうちに再び魔獣の群れが現れることを。
そしてその時。
【守護】の真価を知ることになるのを。
まだ誰も知らなかった。




