第7話 オーガと守護①
魔界北部。
岩山に囲まれた集落で、一人のオーガが地面に転がっていた。
「また負けたのか」
呆れた声が降ってくる。
見上げると、同族たちがこちらを見下ろしていた。
「本当に弱いな」
「オーガの恥だ」
「その体だけは立派なんだがな」
笑い声が広がる。
倒れているオーガ――グロンは何も言い返せなかった。
事実だからだ。
オーガは強さを尊ぶ種族。
大きな体。
圧倒的な腕力。
頑丈な肉体。
戦うために生まれたと言われる魔族。
だがグロンは違った。
力はある。
体格も良い。
それなのに戦いが苦手だった。
相手を傷つけるのが怖い。
誰かが怪我をするのを見るのが苦手だった。
その性格はオーガの集落では理解されない。
「また負けたらしいぞ」
「弱虫グロンだ」
子供たちにまで言われる始末だった。
グロンはゆっくり立ち上がる。
服についた土を払う。
そして何も言わずに集落を離れた。
◆
集落の外れ。
小さな畑が広がっている。
そこに一人の老いたオーガがいた。
「またやられたのか」
老人は笑う。
グロンも苦笑した。
「見てたの?」
「悲鳴が聞こえた」
「悲鳴じゃないよ」
「似たようなもんだ」
老人は豪快に笑った。
グロンもつられて笑う。
この祖父だけは昔から変わらなかった。
強くなれとも言わない。
弱虫とも言わない。
ただ一緒にいてくれる。
「じいちゃん」
「なんだ」
「俺って変なのかな」
老人は鍬を置いた。
しばらく考える。
そして言った。
「優しいだけだろ」
「でもオーガだよ」
「だから何だ」
即答だった。
「強い奴が偉いなら、わしはお前の方が好きだ」
グロンは言葉を失った。
老人は続ける。
「力なんぞ使い方次第だ」
「殴るために使う奴もいれば、守るために使う奴もいる」
風が吹く。
畑の葉が揺れる。
グロンは少しだけ胸が軽くなった。
◆
その日の夜。
事件は起きた。
魔獣の群れが現れたのだ。
黒い狼のような魔物。
シャドウウルフ。
十匹以上。
集落の柵を飛び越え、人々を襲う。
「魔獣だ!」
「武器を持て!」
混乱が広がる。
戦士たちが飛び出す。
グロンも駆け出した。
そして凍り付く。
祖父がいた。
畑の近くだ。
逃げ遅れている。
「じいちゃん!」
叫ぶ。
シャドウウルフが飛びかかった。
間に合わない。
そう思った。
だが。
ドンッ!
別のオーガが体当たりした。
魔獣が吹き飛ぶ。
助かった。
しかし。
代わりにそのオーガが噛みつかれた。
悲鳴が響く。
血が飛び散る。
グロンの足が止まる。
怖かった。
体が動かない。
戦えない。
その間にも仲間たちは傷付いていく。
やがて魔獣たちは去った。
だが集落には重い空気が残った。
◆
翌日。
怪我人が続出していた。
幸い死者はいない。
だが何人も重傷だ。
祖父も肩を怪我していた。
「すまん」
グロンは頭を下げた。
「何がだ」
「俺が動けなかったから」
老人は黙る。
そして言った。
「お前は戦えなかった」
グロンは拳を握る。
痛いほど分かっている。
だが。
次の言葉は予想外だった。
「だが、お前は最初にわしを助けようとした」
グロンが顔を上げる。
「皆が武器を取りに行く中、お前だけはわしの方へ走った」
老人は笑った。
「お前は戦いたいんじゃない」
「守りたいんだろ」
その言葉が胸に刺さる。
守りたい。
確かにそうだった。
強くなりたいわけではない。
勝ちたいわけでもない。
守りたいのだ。
家族を。
仲間を。
大切な人を。
◆
数日後。
グロンは旅に出ていた。
向かう先は一つ。
最近噂になっている店。
願いに合ったスキルを売る不思議な商店。
荒野を歩きながら思う。
自分は何を求めているのか。
答えは決まっていた。
敵を倒す力じゃない。
誰かを傷付ける力でもない。
欲しいのは。
守る力だ。
やがて遠くに小さな建物が見えた。
木造の店。
見慣れない看板。
『魔界スキル商店』
グロンは立ち止まる。
そしてゆっくりと扉へ手を伸ばした。
カラン。
鈴の音が鳴る。
「いらっしゃいませ」
店の奥から現れた青年を見て。
グロンは知らなかった。
この出会いが、自分の人生だけでなく。
後に魔界そのものを変えることになるとは。




