第6話 サキュバスと魅了④
魔界スキル商店。
荒野の外れに建つ小さな店の前で、リリアは足を止めた。
前回ここを訪れたのは一か月以上前。
あの時の自分は必死だった。
魅力が欲しかった。
誰かに認められたかった。
今もその気持ちが消えたわけではない。
だが、少しだけ違う。
カラン。
扉を開く。
聞き慣れた鈴の音が響いた。
「いらっしゃいませ」
カウンターの向こうで、アルトが本を読んでいた。
顔を上げる。
そして少しだけ微笑む。
「お久しぶりです」
「はい」
リリアも自然と笑った。
前回来た時のような緊張はない。
◆
「それで、本日は?」
アルトが尋ねる。
リリアは椅子に腰掛けた。
少し考える。
何から話そうか。
気付けば話したいことがたくさんあった。
「最初は、本当に夢みたいでした」
アルトは黙って聞いている。
「皆が優しくて」
「友達も増えて」
「お店も繁盛して」
リリアは苦笑した。
「でも途中から苦しくなったんです」
「ほう」
「私じゃなくて、スキルを見ている気がして」
店内が静かになる。
窓の外では風が吹いていた。
アルトは急かさない。
答えも与えない。
ただ聞いている。
「だから考えました」
「私が本当に欲しかったものは何だったんだろうって」
しばらく沈黙する。
そしてリリアは答えを口にした。
「魅力じゃありませんでした」
アルトが少しだけ目を細める。
「では?」
「自信です」
即答だった。
迷いはない。
「私は自分が嫌いだったんです」
「だから皆に認めてもらいたかった」
「でも、本当に必要だったのは、自分で自分を認めることでした」
その言葉を口にした瞬間。
胸の中がすっきりした。
ようやく答えに辿り着いた気がした。
◆
アルトは静かに頷く。
「それは何よりです」
「怒らないんですね」
「何をです?」
「せっかく買ったスキルなのに」
リリアが言うと、アルトは小さく笑った。
「私は商人です」
「お客様の人生を決めるつもりはありません」
「商品を売るだけです」
以前も聞いた気がする言葉だった。
だが今なら意味が分かる。
アルトは願いを叶える。
けれど答えまでは与えない。
歩くのは客自身だ。
◆
「そういえば」
アルトが言う。
「お店はどうですか?」
リリアの表情が明るくなる。
「順調です」
「最近は常連さんも増えて」
「服の修理依頼も増えました」
楽しそうに語る。
新しい服。
修理した服。
常連客。
職人街の話。
気付けば十分以上話していた。
そして途中で気付く。
アルトは全部聞いてくれている。
話を遮らない。
否定しない。
最後まで聞く。
「店主さんって不思議ですね」
「よく言われます」
「昔からですか?」
「いいえ」
アルトは少しだけ遠くを見る。
だが、それ以上は語らなかった。
◆
帰ろうとした時だった。
アルトが引き出しから小さな箱を取り出した。
「これは?」
リリアが首を傾げる。
「忘れ物です」
箱の中には小さな鏡が入っていた。
見覚えがある。
いや。
見覚えしかない。
「えっ?」
「お客様からお預かりした物です」
それは間違いなく、代金として渡した鏡だった。
リリアは混乱する。
「で、でも」
「代金じゃ……」
アルトは頷く。
「確かに代金でした」
「ではなぜ?」
「必要なくなったので」
さらりと言った。
リリアは意味が分からない。
アルトは続ける。
「この鏡は、自信のないお客様が毎日見ていた鏡です」
「ですが今のお客様には、もう必要ないように見えました」
静かな声だった。
リリアは鏡を見る。
昔の自分なら。
毎日欠点を探していた。
もっと可愛くなりたい。
もっと魅力的になりたい。
そう思いながら見ていた。
だが今は違う。
鏡に映るのは裁縫師の自分だ。
まだ未熟だ。
失敗も多い。
それでも嫌いではなかった。
◆
「ありがとうございます」
リリアは鏡を胸に抱いた。
アルトは微笑む。
「また何かありましたらご利用ください」
「次はスキルじゃなくてもいいですか?」
「もちろんです」
「雑談だけでも?」
「営業時間内でしたら」
リリアは思わず吹き出した。
商人らしい返事だった。
◆
数か月後。
魔界の一角にある小さな裁縫店は評判になっていた。
派手な宣伝はない。
大きな看板もない。
それでも客は絶えない。
理由は単純だった。
服の出来が良い。
そして店主が丁寧だから。
「いらっしゃいませ!」
笑顔で客を迎えるリリア。
そこに以前のような卑屈さはない。
魅了の力は今も残っている。
だが、それだけではない。
彼女自身の努力。
技術。
人柄。
積み重ねた時間。
それが店を支えていた。
閉店後。
リリアは棚の上に置かれた小さな鏡を見た。
そして微笑む。
あの日、魔界スキル商店を訪れていなければ。
今の自分はいないだろう。
願いは確かに叶った。
だが本当に価値があったのは、その先だった。
そして荒野の外れでは今日もまた。
一人の商人が静かに店を開いている。
次に訪れる客の願いを待ちながら。




