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『ようこそ魔界スキル商店へ』  作者: もかどら


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第5話 サキュバスと魅了③

翌朝。


リリアは鏡の前に立っていた。


正確には鏡ではない。


あの店で代金として渡してしまったため、今は磨いた金属板を代わりに使っている。


ぼんやりと映る自分の顔を見つめる。


魅了を手に入れてから一か月。


人生は確かに変わった。


店は繁盛している。


友人も増えた。


収入も増えた。


昔の自分が見たら夢のような生活だろう。


それなのに。


胸の奥に残る違和感だけは消えなかった。


「私は何が欲しかったんだろう……」


答えはまだ見つからない。



その日。


店の開店準備をしていると、一人の若い男性客がやってきた。


オーガだった。


リリアに最初に食事へ誘ってきた相手でもある。


「おはよう」


「おはようございます」


「今日も綺麗だね」


オーガは笑顔で言った。


リリアも笑顔を返す。


以前なら嬉しかった言葉。


だが今は少し違う。


「ありがとうございます」


「ところで服の修理でしたっけ?」


「いや、それは別に急いでないんだ」


オーガは照れたように頭をかく。


「今日はリリアに会いに来た」


リリアは黙る。


オーガは良い人だ。


優しい。


悪意もない。


だが。


「私のどこが好きなんですか?」


思わず聞いていた。


オーガは一瞬固まった。


「え?」


「私のこと、何を知っていますか?」


困った顔になる。


答えられない。


しばらく沈黙が続いた。


やがてオーガは苦笑する。


「その……優しいし」


「綺麗だし」


「人気者だし」


どれも曖昧だった。


リリアは静かに頷く。


やはりそうだった。



その日の夜。


店を閉めた後、リリアは街を歩いていた。


考え事をしながら。


気付けば職人街へ来ていた。


そこで見覚えのある姿を見つける。


ドワーフの鍛冶師だった。


以前、服を修理した客。


無口だが仕事を褒めてくれた相手だ。


「こんばんは」


声を掛ける。


ドワーフは振り返った。


「おう」


相変わらず短い返事。


「こんな時間まで仕事ですか?」


「ああ」


ドワーフは工房を指差した。


中には武器や防具が並んでいる。


どれも使い込まれたものばかりだ。


「新作ですか?」


「修理だ」


「修理?」


意外だった。


鍛冶師なら新しい武器を作る方が儲かるはずだ。


だがドワーフは首を振る。


「長く使った武器には思い出がある」


「だから直す」


当たり前のように言った。


リリアは少し考える。


自分も似ている。


新品の服を作るのも好きだ。


だが誰かが大切にしている服を直すのも好きだった。


「あなたは裁縫が好きなんだろ」


突然言われた。


リリアは目を瞬かせる。


「え?」


「前に話してたじゃねぇか」


覚えていた。


酒場で会う誰も覚えていなかった話を。


このドワーフだけが覚えていた。


「仕事の話になると顔が変わる」


「職人向きだな」


ぶっきらぼうに言う。


リリアは思わず笑った。


自然な笑顔だった。


最近では珍しいくらい。



帰宅した後も、その言葉が頭から離れなかった。


職人向き。


裁縫が好き。


仕事の話になると顔が変わる。


誰かにそんな風に言われたのは初めてだった。


ふと思う。


最近、自分に近づいてきた人たちは。


皆、自分の見た目や雰囲気の話をする。


だがドワーフだけは違った。


裁縫師として見てくれた。


リリア自身を見てくれた。



翌日。


店は今日も忙しかった。


客が来る。


褒められる。


笑顔を向けられる。


だが今までとは少しだけ見え方が違う。


魅了によって生まれた好意。


それは確かに存在する。


けれど。


その中には本物も混ざっている。


常連客。


仕事を評価してくれる人。


服を気に入ってくれる人。


それらまで全部偽物ではない。


「そうか……」


リリアはようやく気付き始めていた。


魅了はきっかけに過ぎない。


問題はその先だ。


魅了で人を集めることはできる。


だが。


その人たちに好きになってもらう理由までは作れない。



閉店後。


リリアは引き出しから帳簿を取り出した。


そして新しい紙を広げる。


店の計画書だ。


もっと良い服を作ろう。


もっと技術を磨こう。


もっと自分の仕事を好きになろう。


魅了に頼るだけではなく。


裁縫師リリアとして。


誰かに認められるために。


ペンを走らせながら、自然と笑みが浮かぶ。


不思議だった。


魅了を手に入れた日よりも。


今の方がずっと前向きな気持ちだった。


そして心の中で決める。


近いうちに、あの店へ行こう。


魔界スキル商店へ。


店主に伝えたいことがある。


願いを叶えたその先で。


自分が見つけた答えを。

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