第89話 共鳴召喚士と観測水晶
魔界スキル商店の奥。
普段はアルトとリリアしか入らない研究室で、一つの魔道具が淡い光を放っていた。
巨大な水晶。
人の背丈ほどある透明な結晶の内部には、無数の魔法陣が浮かび上がっている。
これが観測水晶。
アルトが魔界スキル商店で使用している、特殊な研究設備だった。
「久しぶりですね。」
アルトは水晶へ手を触れる。
すると、内部に文字が浮かび上がった。
【観測対象】
【契約者:カイン】
【スキル:契約安定】
【契約状態:正常】
【観測開始可能】
リリアが隣から覗き込む。
「また使うんですか?」
「はい。」
アルトは頷いた。
「共鳴契約は未知の領域です。」
「今後、新しいスキルを開発するためにも、成長過程を確認する必要があります。」
観測水晶は便利な道具ではない。
使用するたびに大量の金貨が必要になる。
水晶そのものの維持費。
魔法陣の調整費。
観測対象を追跡するための魔道具費用。
全てが高額だった。
だからこそ、アルトは必要な時だけ使用している。
「今回の観測費用は……。」
帳簿が自動的に開く。
【観測水晶使用料】
【金貨30枚】
アルトは迷わず支払う。
金貨30枚。
決して安くはない。
しかし、アルトにとってこれは浪費ではなかった。
研究への投資である。
「店長って、本当にお金を使う時は迷わないですよね。」
リリアが苦笑する。
「必要なものですから。」
アルトは答えた。
「金貨は貯めるためにあるのではありません。」
「新しい価値を生み出すために使うものです。」
観測水晶が輝きを増す。
そして映し出されたのは、森の中にいるカインとルナだった。
契約から数日。
二人はすでに訓練を始めていた。
「行くよ、ルナ!」
カインが走る。
正面には巨大な岩。
普通なら召喚獣へ攻撃を命じる場面だ。
しかし。
「右!」
カインが叫ぶ前に、ルナは動いていた。
影へ潜り、岩の横へ回り込む。
その動きに迷いはない。
まるでカインの考えを読んでいるようだった。
リリアが驚く。
「もうこんな連携ができるんですか?」
アルトは水晶を見つめる。
「共鳴契約の効果でしょう。」
「魔力だけではありません。」
「感覚の一部まで共有している。」
帳簿へ新しい情報が追加される。
【共鳴率】
【92%】
【上昇中】
【特殊能力発現条件】
【解析中】
アルトは目を細める。
やはり。
共鳴契約は単なる契約方法ではない。
召喚士と召喚獣、その両方を変化させる可能性がある。
その時。
水晶の映像が一瞬だけ乱れた。
「……?」
リリアが首を傾げる。
「故障ですか?」
「いえ。」
アルトは水晶を見る。
故障ではない。
観測対象側から、予想以上の魔力反応が発生したのだ。
映像が戻る。
そこには、ルナの姿があった。
しかし先ほどとは違う。
体の周囲に淡い光がまとっている。
【解析更新】
【召喚獣:ルナ】
【特殊能力候補】
【共鳴感知】
アルトは静かに息を吐いた。
「やはり……。」
「契約によって能力が生まれています。」
リリアが驚く。
「まだ契約して数日ですよ?」
「普通ならあり得ません。」
「だからこそ価値があります。」
アルトは帳簿へ記録する。
【研究項目追加】
【共鳴契約による能力変化】
この情報は、いずれ新しいスキルになる可能性がある。
つまり今回の観測は、金貨30枚以上の価値を生むかもしれない。
魔界スキル商店の仕組みは単純な売買ではない。
客がスキルを購入する。
アルトはその成長を研究する。
研究結果から、新しいスキルを開発する。
そしてまた、新しい客へ提供する。
その循環こそが、この店を成長させていた。
その時。
観測水晶の端に、新しい表示が浮かび上がる。
【未確認情報】
【ルナ】
【種族情報】
【一部解放】
アルトは目を細めた。
未知の召喚獣。
未知の契約。
そして未知のスキル。
まだ始まったばかりだ。
「これは……面白くなりそうですね。」
アルトが呟く。
研究者としての好奇心が、静かに燃え上がる。
その頃。
森では、カインがルナへ笑いかけていた。
「一緒に強くなろう。」
ルナは嬉しそうに鳴く。
二人の成長は始まったばかりだった。
そしてその全てを、魔界スキル商店の観測水晶は静かに記録していた。




