第88話 召喚士と共鳴契約③
白銀の獣は、カインの隣で静かに座っていた。
その姿を眺めながら、カインは何度も自分の手を見る。
召喚陣は消えていない。
契約回路も正常に動いている。
今まで何百回試しても失敗していたことが、今は当たり前のように成功していた。
「……夢みたいです。」
カインが小さく呟く。
「ずっと、才能がないと思っていました。」
「召喚士には向いていないんだって。」
白銀の獣は、そんなカインの言葉を聞くように顔を上げる。
そして優しく鳴いた。
「クゥ。」
その声に、カインは少し笑った。
「君は違うって思ってくれるんだね。」
アルトはその様子を静かに見守っていた。
召喚獣と召喚士。
本来なら命令する側とされる側。
しかし、この二人にはそれとは違う繋がりがある。
「共鳴契約。」
アルトは呟く。
「おそらく、召喚という技術そのものの考え方が変わります。」
リリアも頷いた。
「普通の召喚士は、魔物を呼び出す。」
「でもカインさんの場合は……。」
「出会う、ですね。」
アルトの答えに、カインは静かに頷いた。
その時だった。
アルトは帳簿を閉じる。
「さて。」
「大切な話があります。」
カインの表情が引き締まる。
ここが魔界スキル商店であることを思い出したからだ。
「料金ですね。」
「はい。」
アルトは頷いた。
「魔界スキル商店では、提供した価値には必ず対価をいただきます。」
「それは金貨だけとは限りません。」
カインは少し驚く。
噂で聞いたことがあった。
この店では、時に普通では考えられないものを要求される。
「僕の場合は……。」
カインは少し不安そうに尋ねた。
「何を渡せばいいですか?」
アルトはしばらく黙った。
そして、帳簿を見る。
そこにはカインの情報が記録されている。
召喚士への憧れ。
何度失敗しても諦めなかった経験。
周囲から才能がないと言われても続けた努力。
それらは確かに価値があるものだった。
だが。
「ありません。」
カインは目を丸くした。
「え?」
「正確には、取るべき代価がありません。」
アルトは説明を続ける。
「以前、私は契約者から強い執着を代価として受け取ったことがあります。」
「その感情が、その人の未来を縛っていたからです。」
「手放すことで、その人は前へ進めた。」
カインは静かに聞いている。
「ですが、あなたの場合は違います。」
アルトはカインを見る。
「召喚士になりたいという気持ち。」
「失敗しても諦めなかった時間。」
「それはあなたを苦しめたものではありません。」
「あなたをここまで連れてきた力です。」
「だから、それを代価として要求することは間違っています。」
カインは言葉を失った。
自分が何年も抱えていたものを、否定するのではなく価値として見てくれた。
「では……無料ということですか?」
カインが尋ねる。
アルトは首を横に振った。
「いいえ。」
「価値がないわけではありません。」
「別の形でいただきます。」
アルトは帳簿を開く。
【研究協力契約】
文字が浮かび上がる。
「今回、あなたは世界で初めて共鳴契約を成立させました。」
「その経験そのものが、非常に価値のある研究資料になります。」
「今後、召喚術の研究に協力していただきます。」
カインは迷わず頷いた。
「分かりました。」
「それが僕にできる対価なら。」
帳簿が光る。
【研究協力契約】
【成立】
【登録完了】
その後、アルトは正式な精算を行った。
「今回の費用ですが。」
カインは姿勢を正す。
「まず、適性診断料。」
「金貨10枚。」
「契約回路解析料。」
「金貨30枚。」
「専用スキル開発費。」
「金貨50枚。」
アルトは帳簿へ記録する。
「合計、金貨90枚です。」
カインは頷いた。
安い金額ではない。
しかし、これだけの価値を受け取ったことは理解している。
「ありがとうございます。」
「これで僕は……召喚士として始められます。」
アルトは微笑んだ。
「はい。」
「ここからが本当の始まりです。」
その夜。
魔界スキル商店の帳簿には、新たな研究記録が追加された。
【共鳴契約】
【研究段階:第一段階】
【協力者:カイン】
【召喚獣:ルナ】
そして最後に、新しい可能性が記録される。
【職業派生】
【共鳴召喚士】
召喚士という職業に、新たな道が生まれ始めていた。




