第87話 召喚士と共鳴契約②
魔法陣の光が店内を満たしていく。
青白い輝きは徐々に強くなり、中央に描かれた召喚紋様がゆっくりと回転を始めた。
カインはその光景を呆然と見つめている。
今まで何度も召喚を試みた。
何百回と魔法陣を描いた。
何千回と魔力操作を繰り返した。
それでも最後の一歩だけが届かなかった。
だが、今は違う。
魔法陣は崩壊しない。
むしろ向こう側から、こちらへ近付いてきている。
「……本当に。」
カインは震える声で呟く。
「僕でも召喚できるんですね。」
アルトは首を横に振った。
「少し違います。」
「あなたは今まで召喚できなかったのではありません。」
「正しい相手と繋がっていなかっただけです。」
その言葉に、カインは静かに息を吐いた。
才能がないと思い込んでいた。
何年も努力しても結果が出ず、自分には召喚士の資格がないのだと思っていた。
しかし違った。
自分に合う方法を知らなかっただけだった。
その時、魔法陣の光が一際強く輝く。
空間が揺れる。
そして、ゆっくりと一つの影が姿を現した。
最初に見えたのは長い耳だった。
次に白銀色の毛並み。
小型の獣のような姿だが、普通の魔物とは明らかに違う。
額には小さな青い紋章が浮かんでいる。
その存在が完全に現界した瞬間、店内の空気が変わった。
「これは……。」
リリアが息を呑む。
アルトも帳簿を開く。
【召喚対象】
【未登録種】
【解析開始】
通常なら、ここで種族名が表示される。
しかし今回は違った。
数秒経っても解析が終わらない。
「解析不能?」
アルトが珍しく驚いた表情を浮かべる。
未知の魔物。
それだけではない。
存在そのものが特殊なのだ。
白銀の獣はゆっくりとカインへ近付く。
警戒する様子はない。
まるでずっと前から知っていた相手を見るように。
カインも恐る恐る手を伸ばす。
触れた瞬間。
二人の間に魔力の流れが生まれた。
強制ではない。
命令でもない。
互いが自然に繋がる。
【共鳴契約】
【成立】
帳簿へ文字が刻まれる。
【召喚成功】
【契約者:カイン】
【召喚獣:未解析】
リリアが嬉しそうに声を上げる。
「成功しました!」
カインは目を閉じる。
胸の奥に温かな魔力が流れ込んでくる。
今まで感じたことのない感覚だった。
召喚獣を呼び出しているのではない。
隣に仲間がいる。
そんな感覚だった。
しかし、アルトはそこで一つ咳払いをした。
「さて。」
カインが振り向く。
「はい?」
「大事な話があります。」
アルトは帳簿を閉じる。
「今回、私はカインさんの適性診断を行いました。」
「契約回路を解析し、専用スキルを開発しました。」
カインはハッとする。
そうだった。
感動のあまり忘れかけていた。
ここは店なのだ。
アルトは研究者である前に、商人でもある。
「料金ですね。」
「はい。」
アルトは頷いた。
「魔界スキル商店のサービスには、すべて対価が必要です。」
リリアも横で頷く。
「店長、そこだけは絶対に譲らないんですよね。」
「当然です。」
アルトは微笑む。
「価値あるものには、正しい対価が必要です。」
「無料で配れば、いずれこの技術は正しく扱われなくなります。」
カインは納得したように頷いた。
「それで……いくらでしょうか。」
アルトは帳簿を見る。
今回提供したものは多い。
適性診断。
契約回路解析。
専用スキル開発。
さらに未知召喚獣との契約補助。
通常なら高額になる内容だった。
「今回の費用は……。」
カインは緊張する。
「金貨50枚です。」
「……50枚。」
新人召喚士にとっては決して安い金額ではない。
しかし。
カインは迷わなかった。
財布から震える手で金貨を取り出す。
「お願いします。」
「僕は……もう一度、召喚士として歩けるなら払います。」
アルトはその姿を見て頷いた。
「契約成立です。」
金貨が店の会計箱へ入る。
その瞬間。
【売上記録】
【金貨50枚】
【新規研究資金へ加算】
帳簿が淡く光った。
リリアが確認する。
「これで新しいスキル研究も進められますね。」
「ええ。」
アルトは頷く。
魔界スキル商店の収益は、ただ貯め込まれるわけではない。
新しいスキルの開発。
研究設備。
契約者への支援。
そして未来の商品。
全てへ投資される。
だからこそ、この店は成長し続けている。
その時、帳簿に新たな情報が表示された。
【召喚獣解析】
【開始】
【特殊種族】
【情報不足】
アルトは白銀の獣を見る。
まだ名前すら分からない。
だが、その存在から感じる魔力は尋常ではなかった。
「カインさん。」
「はい。」
「次の仕事があります。」
「この子の正体を、一緒に調べましょう。」
カインは力強く頷く。
こうして、世界で初めての共鳴召喚士の物語が始まった。
そして同時に。
魔界スキル商店には、また一つ未知の研究対象が加わったのだった。




