第86話 召喚士と共鳴契約①
カインが魔界スキル商店を訪れてから七日が過ぎた。
その間、アルトは昼は接客をこなし、夜になると帳簿と向き合う生活を続けていた。
机の上には何十枚もの魔法陣の設計図が広げられ、壁には新しく考案した契約回路が幾重にも描かれている。
リリアはその様子を見ながら苦笑した。
「店長、三日くらいまともに寝ていませんよね?」
「睡眠は取っていますよ。」
アルトは帳簿から目を離さないまま答えた。
「ただ、考え始めると止まらないだけです。」
リリアはため息をつく。
ロイドの時もそうだった。
エミナの時もそうだった。
アルトは未知の才能を見つけると、寝食を忘れて研究に没頭してしまう。
「今回はそんなに難しいんですか?」
「ええ。」
アルトは静かに頷いた。
「今までは既存の技術を発展させる研究でした。」
「ですが今回は違います。」
帳簿を一枚めくる。
そこには大きく一文だけ記されていた。
【共鳴契約】
「これは世界に存在しない契約理論です。」
「つまり参考資料がありません。」
配合士には配合理論がある。
魔物使いには契約理論がある。
召喚士にも召喚理論が存在する。
しかし共鳴契約だけは、どの文献にも記録されていなかった。
アルト自身が最初の研究者になるしかないのである。
帳簿には研究の進捗が刻まれていた。
【契約回路解析 71%】
【双方向循環理論 完成】
【共鳴安定術式 構築中】
【専用スキル開発 58%】
「あと一歩ですね。」
アルトは静かに呟いた。
その時、店の扉が開く。
カラン――。
「失礼します。」
約束の日に合わせ、カインが店を訪れた。
前回とは違い、その表情には少しだけ明るさが戻っている。
「いらっしゃい。」
アルトは席を勧めた。
「その後、試してみましたか?」
「はい。」
カインは頷く。
「店長に言われた通り、無理に召喚しようとするのをやめました。」
「結果は?」
「最後まで成功はしませんでした。」
少しだけ肩を落とす。
だが、すぐに顔を上げた。
「でも、今までとは明らかに違いました。」
「召喚陣が崩れるまでの時間が何倍も長くなったんです。」
アルトは満足そうに微笑んだ。
「やはり。」
「理論は間違っていませんでした。」
リリアは不思議そうに尋ねる。
「そんなに変わるものなんですか?」
アルトは机に二つの魔力結晶を置いた。
一つへ無理やり魔力を流し込む。
すると結晶は激しく震え、すぐに砕け散った。
次に、ゆっくりと同じ波長の魔力を流す。
今度は結晶が柔らかな光を放ち始める。
「魔力は力だけではありません。」
「波長もあります。」
「カインさんは今まで、自分の波長だけを押し付けていました。」
「ですが本来は、相手の波長と合わせる必要がある。」
カインはその言葉を聞いて深く頷いた。
「確かに……。」
「今回は初めて、向こうから誰かが応えてくれているような感覚がありました。」
その一言で、帳簿が淡く輝く。
【観測情報更新】
【異界反応 増大】
【共鳴率 94%】
アルトは目を細めた。
「やはり向こうも気付いています。」
「え?」
「あなたを探している存在がいます。」
カインは驚きのあまり言葉を失った。
召喚士は召喚獣を探すもの。
それが常識だった。
しかしアルトは逆のことを言っている。
「召喚獣が……僕を?」
「ええ。」
「普通の契約は召喚士が主導します。」
「ですが共鳴契約は違います。」
「互いが求め合った時だけ成立する契約です。」
店内に静寂が流れる。
その時だった。
帳簿の文字が一斉に書き換わった。
【専用スキル】
【開発完了】
【名称】
【契約安定】
【効果】
【双方向契約回路を安定化】
【対象】
【共鳴契約保持者】
アルトは小さく息を吐いた。
「完成しました。」
「これが……僕専用の。」
カインは震える手でスキル結晶を見つめる。
一般販売されるスキルではない。
自分という存在を解析し、自分のためだけに作られた世界で一つのスキルだった。
「試してみましょう。」
アルトがそう言った瞬間だった。
店内中央の魔法陣が、誰も魔力を流していないにもかかわらず淡く発光する。
一筋。
二筋。
青白い光が魔法陣を走り、複雑な紋様を描いていく。
リリアが驚いて声を上げた。
「自動起動!?」
アルトも静かに立ち上がる。
「始まりましたか。」
帳簿には最後の一文が浮かび上がっていた。
【共鳴開始】
【双方の意思を確認】
【契約成立まで残り一歩】
魔法陣の中心から、優しく温かな魔力が溢れ出す。
その魔力には敵意も威圧感もない。
むしろ長い年月を経て、ようやく再会できたことを喜ぶような懐かしさが込められていた。
カインは胸の奥が熱くなるのを感じた。
「この感覚……。」
「初めてなのに、知っている。」
アルトは静かに微笑む。
「それが共鳴契約です。」
「あなたが召喚するのではありません。」
「あなたたちは、今から出会うのです。」




