第78話 魔物使いと適性診断③
翌朝。
エミナはアルトとリリアに案内され、魔王都郊外にある『育成保護園』を訪れていた。
ここは親を失った魔物や、ダンジョンで保護された幼体を育てる施設である。
魔物使いの卵たちが契約相手を探す場所としても知られていたが、強い魔物の幼体はすぐに引き取られてしまうため、残るのは比較的弱い種族が多い。
「ここですか……。」
エミナは緊張した面持ちで門を見上げた。
今まで何度も契約を失敗してきた。
今回も上手くいかなかったらどうしよう。
そんな不安が胸を支配している。
「焦る必要はありません。」
アルトは穏やかな口調で言う。
「今日は契約することが目的ではありません。」
「え?」
「まずは相手を知ることです。」
エミナは不思議そうな顔をした。
「普通の魔物使いは、『強い魔物を探す』ことから始めます。」
「ですが、あなたは違います。」
「あなたが探すべきなのは、『自分を必要としている魔物』です。」
その言葉は、エミナの胸に静かに染み込んでいった。
施設へ入ると、小さな魔物たちが思い思いに過ごしていた。
小さなスライムが飛び跳ね、子狼たちがじゃれ合い、羽の生えた小鳥型の魔物が空を飛び回っている。
どの子もまだ幼く、人間を見ても警戒心より好奇心の方が強そうだった。
「可愛い……。」
エミナの表情が自然と和らぐ。
その姿を見て、リリアも嬉しそうに笑う。
「その顔ですよ。」
「え?」
「昨日のお店ではずっと不安そうでした。」
「でも今は違います。」
エミナは少し照れくさそうに笑った。
「昔から、小さい魔物は好きだったんです。」
「ただ……。」
言葉が止まる。
「みんな『そんな弱い魔物を育てても意味がない』って言うから。」
アルトは首を横に振った。
「意味があるかどうかは、育てる人が決めることです。」
「種族だけで未来は決まりません。」
「それはロイドが証明してくれました。」
エミナはゆっくりと頷いた。
その時だった。
施設の奥から、小さな鳴き声が聞こえてきた。
「キュゥ……。」
とても弱々しい声だった。
エミナは思わず足を止める。
「今の声……。」
鳴き声のした方へ近付くと、一つの小さな檻が置かれていた。
中には手のひらほどの大きさしかない黒い獣が丸くなっている。
漆黒の毛並み。
大きな耳。
長い尻尾。
犬にも猫にも見える、不思議な姿だった。
「この子は?」
施設の職員が少し困ったように答える。
「シャドウフォックスです。」
「珍しい魔物なんですが……。」
「臆病すぎるんですよ。」
職員は苦笑する。
「契約希望者が何人も来ましたが、全員逃げられてしまいました。」
「近付くだけで震えてしまうんです。」
「餌もあまり食べません。」
「このままだと育成も難しいかもしれませんね。」
そう言って肩を落とした。
エミナはゆっくり檻の前へしゃがみ込む。
シャドウフォックスは怯えたように身体を縮めた。
しかし、エミナは無理に触ろうとはしない。
静かに目線を合わせる。
「怖いよね。」
優しく語りかける。
「知らない人ばかりだもんね。」
その声には焦りも命令もなかった。
ただ相手を思いやる気持ちだけが込められていた。
すると。
シャドウフォックスの耳がぴくりと動く。
リリアが小さく息を呑んだ。
「反応しました。」
アルトも静かに頷く。
適性診断の結果が頭をよぎる。
【幼体契約適性 極大】
【育成適性 極大】
【進化誘導適性 SS】
そして今、その才能が形になろうとしていた。
エミナは檻の前へ座ったまま、小さく微笑む。
「無理しなくていいよ。」
「私は待てるから。」
数分が過ぎた。
誰も声を出さない。
静かな時間だけが流れていく。
やがて、シャドウフォックスは恐る恐る立ち上がった。
一歩。
また一歩。
小さな足で檻の入口まで歩いてくる。
職員が驚いて目を見開く。
「初めてだ……。」
今まで誰にも近付かなかった幼体が、自分から歩き出している。
檻の扉が開けられると、シャドウフォックスは逃げることなく、ゆっくりとエミナの膝へ身体を預けた。
「キュ……。」
甘えるような鳴き声。
エミナは目を潤ませながら、その小さな身体を優しく撫でる。
「よろしくね。」
その瞬間、柔らかな魔力が二人を包み込んだ。
契約魔法を使ったわけではない。
それなのに、シャドウフォックスは安心しきった表情で目を閉じている。
アルトはその様子を静かに見つめていた。
「やはり。」
「契約より先に、信頼が生まれる。」
それこそがエミナだけの才能だった。
そして帳簿には、新たな一文が静かに浮かび上がる。
【特殊条件を確認】
【契約前信頼形成】
【新たな可能性を観測】
アルトは目を細める。
どうやらエミナの才能は、自分が想像していた以上に特別なものらしい。
この少女は、魔物を従える魔物使いではない。
魔物から選ばれる魔物使いなのだから。




