第77話 魔物使いと適性診断②
店内には静かな空気が流れていた。
エミナは緊張した表情でアルトを見つめている。
帳簿はすでに閉じられていた。
診断は終わったのだ。
あとは結果を聞くだけ。
しかし、アルトはすぐには答えなかった。
診断結果をどう伝えれば一番理解しやすいか、慎重に言葉を選んでいた。
「エミナさん。」
「は、はい。」
「まず一つ安心してください。」
その言葉だけで、エミナの肩から少し力が抜ける。
「あなたは魔物使いに向いていないわけではありません。」
「えっ……?」
思わず声が漏れた。
今まで何度も失敗してきた。
仲間には笑われ、教官からも『向いていないのではないか』と言われ続けた。
だから、その言葉は予想外だった。
「ですが。」
アルトは静かに続ける。
「あなたは一般的な魔物使いではありません。」
「どういうことですか?」
アルトは帳簿を開き、一ページだけ見せた。
もちろん本人に見えるのは簡単な図だけで、契約内容そのものは見えない。
「通常の魔物使いは、自分より強い魔物を従わせることを目指します。」
「はい。」
「ですが、あなたの適性は違います。」
アルトは指先で図をなぞった。
「あなたが最も能力を発揮する相手は――生まれたばかりの幼体です。」
エミナは固まった。
「……幼体?」
「はい。」
「卵から孵った直後の魔物。」
「生まれて間もない個体。」
「まだ誰とも契約していない若い魔物。」
アルトは診断結果を思い返す。
そこには驚くべき数値が並んでいた。
契約成功率。
一般魔物……平均以下。
成熟個体……かなり低い。
しかし。
幼体との契約成功率だけが異常な数値を示していた。
「九十八%……。」
アルトは心の中で呟く。
こんな数値は初めて見た。
リリアも横で驚いている。
「そんなに高いんですか?」
「ええ。」
アルトは頷く。
「ここまで極端な適性は珍しいですね。」
エミナは困惑したままだった。
「でも……。」
「私はずっと強い魔物と契約する練習をしていました。」
「だから上手くいかなかったんです。」
アルトは優しく答える。
「あなたは最初から難しい問題を解こうとしていました。」
「本来の才能とは逆の方向へ努力していたんです。」
その言葉を聞いたエミナは俯いた。
思い返せばそうだった。
周囲は皆、強い魔物を追い求めていた。
だから自分もそうしなければならないと思っていた。
弱い魔物を育てるなんて遠回りだと思い込んでいたのである。
「ですが。」
アルトは少しだけ微笑んだ。
「幼体は違います。」
「生まれた瞬間から信頼関係を築けます。」
「食事も。」
「訓練も。」
「生活も。」
「全てを共に過ごします。」
「その積み重ねは、後から契約した魔物では決して再現できません。」
エミナの瞳が少しずつ輝き始める。
アルトの話には心当たりがあった。
一度だけ。
まだ魔物使いになりたての頃、小さなスライムを育てたことがある。
あの時だけは不思議なくらい懐いてくれた。
戦うことは得意ではなかった。
それでも、どんな時も自分のそばにいてくれた。
「……あ。」
思わず声が漏れる。
忘れていた記憶が蘇る。
「スラル。」
自然と名前が口から出た。
初めて契約したスライムだった。
「その子とは仲が良かったんですね。」
アルトが尋ねる。
エミナは何度も頷いた。
「はい……。」
「すごく。」
「私が泣いているといつも寄ってきてくれて。」
「怪我をすると一番心配してくれて。」
「本当に家族みたいでした。」
アルトは確信した。
診断結果は間違っていない。
エミナは命令して従わせる魔物使いではない。
共に育ち、共に強くなる魔物使いなのである。
その時だった。
帳簿が小さく光る。
アルトは視線を落とした。
新しい文字が浮かんでいる。
【適性診断】
【追加解析】
【特殊適性を確認】
アルトの表情が僅かに変わる。
まだ終わりではなかった。
さらに診断結果が更新されていく。
【幼体契約適性 極大】
【育成適性 極大】
【進化誘導適性 SS】
「……進化誘導?」
アルトは思わず呟いた。
リリアも目を丸くする。
「そんな適性まで分かるんですか?」
「どうやら、このスキルが想定していた以上の才能を見つけたようです。」
アルトは静かに帳簿を閉じた。
エミナはまだ、自分の本当の才能に気付いていない。
だが、この能力が事実なら――。
彼女は強い魔物を捕まえる魔物使いではない。
弱い魔物を最強へ育てる魔物使いになれる。
それは魔界でも前例のない才能だった。
アルトは静かに笑みを浮かべる。
「エミナさん。」
「次は、あなたの最初の仲間を迎えに行きましょう。」
その一言に、エミナの表情は希望で満ちていった。
彼女の物語もまた、この小さな商店から始まろうとしていた。




