第76話 魔物使いと適性診断①
ロイドが魔王軍演習場で成果を上げてから数日。
魔界スキル商店は以前と変わらず静かな時間が流れていた。
店内には棚いっぱいに魔導書が並び、淡い紫色のランプが柔らかな光を落としている。
アルトは帳簿を開き、新しく完成したスキルを見つめていた。
【新規スキル】
【適性診断】
【分類:分析系】
【効果:対象の素質・適性・成長傾向・相性を可視化する】
【備考:解析眼の運用データを基に開発】
「思っていた以上の完成度ですね。」
アルトは満足そうに頷いた。
観察眼は現在を視る。
解析眼は情報を分析し未来を予測する。
そして、その膨大なデータから生まれた適性診断は、戦うためではなく『選ぶため』のスキルだった。
どの武器が向いているか。
どの職業が才能を発揮できるか。
どの魔物と契約すれば最も成長できるか。
数値ではなく、相性という見えない要素まで導き出す。
リリアも帳簿を覗き込み、感心したように頷いた。
「これは便利ですね。」
「ええ。」
アルトは微笑む。
「努力を無駄にしないためのスキルです。」
才能がないのではない。
努力する方向を間違えているだけ。
そんな者は決して少なくない。
このスキルは、その遠回りを減らすために生まれたのだった。
その時、店の入口に設置された小さな鈴が澄んだ音を鳴らした。
カラン――。
「いらっしゃいませ。」
リリアが笑顔で迎える。
扉から入ってきたのは、一人の少女だった。
年齢は十五、六歳ほど。
栗色の髪を肩まで伸ばし、使い込まれた革鎧を身に着けている。
腰には短剣。
背中には古びた魔物使い用の契約鞭。
新人冒険者らしい装備だった。
しかし、その表情は暗い。
店内へ入っても落ち着かず、何度も周囲を見回している。
「ここが……噂のお店ですか?」
控えめな声だった。
アルトは静かに頷く。
「ようこそ、魔界スキル商店へ。」
少女は深く頭を下げた。
「私はエミナといいます。」
「魔物使いをしています。」
アルトは椅子を勧める。
エミナは恐縮しながら腰を下ろした。
「今日はどのようなご相談でしょうか。」
その言葉を聞いた瞬間、エミナの表情が曇る。
少し迷ってから、小さく口を開いた。
「私……魔物使いに向いていないのかもしれません。」
店内が静かになる。
「契約しても魔物が言うことを聞いてくれないんです。」
「育てても途中で逃げてしまうことが多くて……。」
「仲間はどんどん強い魔物と契約しているのに、私はいつまで経っても弱い魔物ばかりなんです。」
その声は震えていた。
きっと何度も悩み、ようやくここへ辿り着いたのだろう。
リリアも心配そうにエミナを見つめる。
アルトは急いで答えを出さなかった。
帳簿を閉じ、静かに尋ねる。
「努力はしていますか?」
「……はい。」
エミナは即答した。
「毎日お世話をしています。」
「餌も調べています。」
「怪我をしたら薬も作ります。」
「契約魔法も何度も練習しました。」
その答えを聞き、アルトは小さく笑った。
「なら、一つ調べてみましょう。」
「え?」
アルトは帳簿を開く。
新しく完成したページが淡く光り始めた。
【適性診断】
初めて使用する瞬間だった。
「あなたの才能ではありません。」
「あなたに合う道を探しましょう。」
エミナは戸惑いながらも、小さく頷いた。
帳簿から優しい光が溢れ始める。
その光はゆっくりとエミナを包み込み、無数の文字となってアルトの視界へ映し出されていった。
種族適性。
職業適性。
魔力傾向。
精神特性。
契約相性。
これまでの契約履歴まで、膨大な情報が整理されていく。
そして数秒後。
アルトは思わず目を見開いた。
「……なるほど。」
予想外だった。
いや。
だからこそ、今まで誰も気付かなかったのだろう。
エミナは魔物使いに向いていないのではない。
むしろ――。
「そういうことでしたか。」
アルトは帳簿を静かに閉じる。
答えは見つかった。
だが、その結果はエミナ自身ですら想像していないものだった。
そして、この診断結果が、魔物使いという職業の常識を大きく覆すことになる。




