第75話 月光牙狼と解析眼⑤
演習場を包んでいた歓声は、しばらく鳴り止まなかった。
Aランク魔獣を単独で撃破した新種魔獣。
しかも誕生してからまだ数日しか経っていない。
この結果は、魔王軍の兵士たちにとっても衝撃だった。
「まさか本当に勝つとは……。」
「副団長が試験相手にAランクを選んだ時は無茶だと思ったが。」
「いや、あの戦い方を見ただろ。あれは強い。」
兵士たちは興奮気味に感想を語り合っている。
一方、研究所の面々も安堵の表情を浮かべていた。
誰もが最悪の結果を覚悟していたのだ。
しかし、新種魔獣はその予想を大きく覆した。
研究所長は新種魔獣へ歩み寄り、全身を丁寧に確認する。
傷はある。
だが致命傷はない。
魔力消費も想定より少ない。
「戦闘継続は可能か。」
「はい。」
ロイドは解析眼で状態を確認しながら答えた。
「疲労はありますが、十分以内に魔力は七割程度まで回復します。」
その言葉に周囲がざわつく。
「十分?」
「そんなに早いのか?」
通常、高位魔獣が全力戦闘を行えば回復には数時間を要する。
それが常識だった。
しかし、この新種魔獣は違う。
夜属性同士を組み合わせたことで魔力循環が飛躍的に向上し、回復速度まで強化されていたのである。
「継戦能力まで備えているのか……。」
研究所長は満足そうに頷いた。
前線で最も重要なのは、一度勝つことではない。
何度も戦えることだ。
その点において、この魔獣は極めて優秀だった。
その時だった。
ヴァレリアがゆっくりとロイドの前へ歩み寄る。
演習場の空気が自然と張り詰める。
第三軍団副団長。
最前線を指揮する実力者。
そんな人物が若い配合士へ向き合った。
「ロイド。」
「は、はい。」
「少し聞きたいことがあります。」
ロイドは姿勢を正した。
ヴァレリアは真っ直ぐ彼を見つめる。
「戦闘中、二度ほど危険を叫びましたね。」
「はい。」
「しかも、どちらも正確でした。」
右腕の振り下ろし。
胸部へ集まる魔力。
どちらも実際に致命的な攻撃だった。
偶然とは思えない。
「何故分かったのですか?」
静かな質問だった。
周囲の研究員たちも耳を傾ける。
ロイドは少し考えた。
解析眼の存在は話せない。
魔界スキル商店との契約もある。
だから嘘ではなく、本質だけを答えることにした。
「相手をよく観察したからです。」
ヴァレリアは黙って続きを待つ。
「戦いは必ず癖があります。」
「呼吸。」
「重心。」
「魔力の流れ。」
「視線。」
「それらを見れば、次の動きはある程度予測できます。」
もちろん、これは解析眼があってこその話だ。
だが完全な嘘ではない。
解析眼も結局は観察した情報を分析しているに過ぎないのだから。
ヴァレリアは数秒間ロイドを見つめた後、小さく笑った。
「なるほど。」
「面白い考え方です。」
そして周囲へ振り返る。
「諸君。」
副団長の声が演習場へ響く。
兵士たちが一斉に敬礼した。
「本試験の結果を発表します。」
誰もが息を呑む。
「新種魔獣――。」
一拍置いて、ヴァレリアは力強く告げた。
「採用。」
その一言で歓声が爆発した。
研究員たちは思わず拳を握り、兵士たちは大きな拍手を送る。
研究所長も珍しく笑みを浮かべていた。
魔王軍正式採用。
配合士にとって、これ以上ない名誉だった。
しかしヴァレリアの言葉はそこで終わらない。
「さらに。」
歓声が止む。
「この魔獣の量産計画を開始します。」
研究所の職員たちが息を呑む。
量産。
つまり、この魔獣が正式装備として各部隊へ配備されるという意味だ。
一度の成功では終わらない。
魔王軍全体を変える計画へ発展したのである。
「研究所長。」
「はい。」
「ロイドを責任者に任命してください。」
静まり返る演習場。
誰もが耳を疑った。
「副団長!」
研究所長ですら驚いている。
「まだ若手です。」
「経験も十分では――。」
「だからです。」
ヴァレリアは遮った。
「経験は積めばいい。」
「ですが才能は積んでも手に入りません。」
その言葉には迷いがなかった。
最前線で多くの人材を見てきた者だからこその重みがある。
「ロイド。」
「はい。」
「あなたには配合士としてだけではなく、魔王軍の未来を変える可能性があります。」
ロイドは言葉を失った。
少し前まで失敗作と呼ばれていた自分が。
誰からも期待されなかった自分が。
今、魔王軍最高幹部の一人から未来を託されようとしている。
胸が熱くなる。
自然と拳を握り締めていた。
「……期待に応えます。」
短い返事だった。
だが、その声には揺るぎない決意が宿っていた。
その頃。
魔界スキル商店では観測水晶に演習場の様子が映し出されていた。
リリアは嬉しそうに笑う。
「採用されましたね!」
「ええ。」
アルトも満足そうに頷いた。
帳簿には次々と文字が浮かび上がっていく。
【契約者 ロイド】
【依頼達成】
【量産計画開始】
【契約履行中】
そして、その下に黄金色の文字が現れた。
【対価受領】
【解析眼・運用データ更新】
【新スキル開発 完了】
アルトは目を細める。
「完成したようですね。」
「どんなスキルなんですか?」
リリアが興味津々で尋ねる。
アルトは帳簿に表示された名前を見て、小さく微笑んだ。
「これは……。」
「配合士だけではありません。」
「召喚士や魔物使いにも喜ばれそうなスキルです。」
その名前を見たリリアの目も大きく見開かれる。
魔界スキル商店には、また一つ世界を変える可能性を持ったスキルが誕生していた。




