第73話 月光牙狼と解析眼③
魔王軍第三演習場。
広大な黒曜石の大地がどこまでも広がり、その周囲には高い防壁が築かれていた。
ここは魔王軍でも危険度の高い実戦訓練を行う施設であり、歴戦の魔族たちが日々腕を磨く場所でもある。
そんな演習場へ、研究所の一団が到着した。
先頭を歩く研究所長の後ろにはロイド。
そして、その隣には新種配合によって生まれた魔獣が堂々と歩いている。
周囲の兵士たちは自然と足を止め、その姿へ視線を向けた。
「なんだ、あの魔獣は……。」
「見たことがないぞ。」
「新種か?」
ざわめきが広がる。
魔王軍には数え切れないほどの魔獣が存在する。
それでも誰一人として、この魔獣を知る者はいなかった。
案内役の兵士に連れられ、一行は演習場中央へ進む。
そこには一人の女性魔族が腕を組んで待っていた。
漆黒の鎧を身に纏い、腰には長剣を提げている。
短く切り揃えられた銀髪。
鋭い紅い瞳。
一目で只者ではないと分かる圧倒的な存在感だった。
「お待ちしておりました。」
研究所長が一礼する。
女性は軽く頷いた。
「私は第三軍団副団長、ヴァレリア。」
「報告は受けています。」
その声は落ち着いていたが、どこか威圧感がある。
周囲の兵士たちも自然と背筋を伸ばえていた。
ロイドも思わず息を呑む。
この人物が前線を率いる実力者なのだろう。
ヴァレリアは新種魔獣へ近付く。
何も言わず一周し、身体つきや魔力の流れを観察する。
そして小さく頷いた。
「見た目は悪くない。」
「ですが戦場では見た目は評価しません。」
その場の空気が引き締まる。
「必要なのは生存能力。」
「継戦能力。」
「そして敵を倒せる力。」
極めて現実的な評価基準だった。
ロイドも異論はない。
研究所でどれだけ優秀でも、実戦で役に立たなければ意味がない。
ヴァレリアは演習場の奥を指差した。
巨大な鉄格子がゆっくりと開いていく。
重々しい音が響き、その奥から低い唸り声が聞こえてきた。
兵士たちが一斉に武器へ手を掛ける。
やがて姿を現したのは、四本の腕を持つ巨大な魔獣だった。
全身を黒い甲殻で覆われ、身長は三メートル近い。
鋭い牙を剥き出しにしながら、地面を踏み締めるたびに大地が震える。
「暴虐鬼オーガ。」
ヴァレリアが淡々と説明する。
「Aランク指定魔獣。」
「前線では一個小隊が対応する相手です。」
ロイドは思わず息を呑んだ。
予想より遥かに強い。
いきなりAランクとは思わなかった。
周囲の研究員たちにも緊張が走る。
「副団長!」
一人の研究員が声を上げた。
「流石に危険ではありませんか!」
ヴァレリアは振り返らない。
「危険だから試験になるのです。」
短い一言だった。
その言葉に誰も反論できない。
戦場とはそういう場所なのだ。
ロイドは静かに新種魔獣を見る。
解析眼が発動した。
暴虐鬼オーガの身体能力。
攻撃範囲。
重心。
癖。
戦闘傾向。
大量の情報が頭へ流れ込む。
そして新種魔獣の能力と比較が始まる。
数秒後。
解析結果がまとまった。
『勝率……七十八%』
ロイドは少し驚く。
思ったより高い。
だが油断できる数字でもない。
二割以上は敗北する可能性がある。
原因もすぐに見えた。
「右腕の振り下ろし……。」
ロイドは小さく呟く。
あの一撃だけは危険だった。
真正面から受ければ勝率が大きく下がる。
その時、ヴァレリアがロイドを見た。
「何か分かったか?」
突然の問いだった。
ロイドは一瞬迷う。
解析眼のことは説明できない。
しかし隠す理由もない。
「右腕の攻撃だけ注意してください。」
「真正面から受けると危険です。」
ヴァレリアは何も言わない。
ただロイドを数秒見つめる。
そして静かに頷いた。
「覚えておきましょう。」
やがて兵士が後退し、演習場の中央が完全に空く。
試験開始まで、あとわずか。
その頃、魔界スキル商店では観測水晶に演習場の映像が映し出されていた。
リリアは思わず身を乗り出す。
「いきなりAランクですか!?」
「予想以上ですね。」
アルトも真剣な表情になる。
帳簿には新たな情報が表示されていた。
【契約者 ロイド】
【解析眼 戦闘予測開始】
【勝率算出機能 正常】
【新スキル開発進捗 31%】
アルトはその文字を見つめながら静かに呟く。
「解析眼は配合だけでは終わりませんね。」
戦闘。
育成。
指揮。
情報分析。
応用範囲は想像以上に広い。
このデータが蓄積されれば、魔界スキル商店はまた一段階進化するだろう。
そして演習場では、開始の鐘が高らかに鳴り響いた。
新種魔獣と暴虐鬼オーガ。
互いに低く唸り声を上げながら、大地を蹴った。




