第72話 月光牙狼と解析眼②
新種配合成功の報告は、研究所から魔王軍本部へ最優先案件として送られた。
通常、新種配合の報告は書類審査だけで数週間を要する。
しかし今回は違った。
依頼主そのものが魔王軍であり、完成した魔獣は国境防衛計画の切り札として期待されていたのである。
そのため翌日の昼には返答が届いた。
「……もう返事が来たのか。」
研究所長も少し驚いていた。
封蝋には魔王軍参謀本部の紋章が刻まれている。
最高優先文書だった。
封を開くと、中から数枚の羊皮紙が現れる。
研究所長は内容を確認し、小さく笑みを浮かべた。
「どうやら予想以上だったらしい。」
その一言に職員たちが集まってくる。
研究所長は羊皮紙を読み上げた。
「新種魔獣の完成を高く評価する。」
「直ちに実戦適性試験を実施せよ。」
「試験官として第三軍団副団長を派遣する。」
部屋が静まり返る。
第三軍団。
魔王軍でも前線を担当する精鋭部隊である。
その副団長自ら視察に来る。
つまり、それだけ期待されているということだった。
「試験は三日後。」
「場所は魔王軍演習場だ。」
研究所長は資料を机へ置く。
「ロイド。」
「はい。」
「お前も同行する。」
突然名前を呼ばれ、ロイドは驚いた。
「私もですか?」
「当然だ。」
研究所長は即答する。
「配合士自身が魔獣を最も理解している。」
「能力の説明も、お前が行え。」
ロイドは静かに頷いた。
以前なら緊張で断っていたかもしれない。
だが今は違う。
解析眼を得た今なら、この魔獣の能力を誰よりも説明できる自信があった。
その日の午後。
ロイドは完成した新種魔獣の観察を続けていた。
解析眼を使うたび、新しい情報が浮かび上がる。
筋肉の成長速度。
魔力回復量。
属性変化。
さらには戦闘中の行動予測まで表示される。
「本当に凄い能力だ……。」
ロイドは思わず呟く。
観察眼では現在しか見えなかった。
しかし解析眼は違う。
現在の情報から未来を予測する。
まるで何百回も戦闘を繰り返した経験者のように、最適解を導き出してくれるのである。
その時だった。
「便利そうだな。」
低い声が聞こえた。
振り返ると、グレインが立っていた。
以前のような敵意はない。
だが複雑そうな表情をしている。
「少し話がある。」
ロイドは黙って頷いた。
二人は訓練場の隅へ移動する。
しばらく沈黙が続いた。
先に口を開いたのはグレインだった。
「……悪かった。」
ロイドは目を丸くする。
まさか謝罪されるとは思っていなかった。
「お前を才能がないと決めつけていた。」
「結果だけを見ていた。」
「配合士として失格だったのは、私の方かもしれん。」
その言葉にロイドは首を横へ振る。
「そんなことはありません。」
「あります。」
グレインは苦笑した。
「私は長くこの仕事をしてきた。」
「だから若手は経験不足だと決めつけていた。」
「だが、お前は違った。」
ロイドは少し考えた後、静かに答える。
「私は運が良かっただけです。」
「違う。」
グレインは即座に否定した。
「努力した者にしか、その運は掴めない。」
その一言はロイドの胸に深く響いた。
今まで努力を認められたことはほとんどない。
失敗ばかりが目立ち、過程を見てくれる者はいなかった。
だからこそ、その言葉は何より嬉しかった。
「ありがとう……ございます。」
自然と頭が下がる。
グレインも照れ臭そうに笑った。
「これからも負けんぞ。」
「もちろんです。」
二人は笑い合った。
かつて対立していた関係は、少しだけ変わり始めていた。
その頃。
魔界スキル商店ではアルトが帳簿へ新しい内容を書き込んでいた。
「店長。」
リリアが興味深そうに覗き込む。
「新しいスキルですか?」
「まだ設計段階です。」
帳簿には解析眼から得られた大量のデータが表示されていた。
情報分析。
未来予測。
適性判定。
能力比較。
その全てを一つずつ整理していく。
「解析眼は配合士向けでした。」
アルトは静かに呟く。
「なら、この技術を別の職業にも応用できるかもしれません。」
研究者らしい発想だった。
一つの成功例から、次の可能性を生み出す。
それこそがアルトの才能である。
帳簿には新たな文字が浮かび上がる。
【新スキル開発】
【進捗 18%】
【解析眼データ反映中】
アルトは満足そうに頷いた。
契約者が成長する。
そのデータが新しいスキルを生み出す。
新しい契約者がさらに成長する。
魔界スキル商店は、そうして少しずつ進化を続けていた。
そして三日後。
ロイドは完成した新種魔獣と共に、魔王軍演習場へ向かう。
そこで待つのは第三軍団副団長。
そして、この魔獣の真価を試す実戦試験だった。
ロイドにとって、配合士としての名声を決定づける一日が始まろうとしていた。




