第71話 月光牙狼と解析眼①
配合室を包み込んでいた眩い光が、ゆっくりと収まっていく。
轟音も次第に静まり返り、室内には張り詰めた空気だけが残った。
研究員たちは息を呑みながら中央の配合陣を見つめている。
成功か。
失敗か。
その答えが分かるまで、誰一人として口を開こうとはしなかった。
やがて光の幕が完全に消え去る。
そこに立っていたのは、一体の魔獣だった。
「……成功したのか?」
誰かが震える声で呟く。
全身を覆うのは、月明かりを溶かし込んだような白銀の毛並み。その隙間には淡い蒼色の魔力が流れ、呼吸をするたびに身体の表面へ幻想的な光が走る。
額には短い一本角。
四肢は月影豹のしなやかさを残しながらも、月光牙狼の力強さを兼ね備えていた。
そして何より、その瞳。
黄金色の瞳がゆっくりと開かれた瞬間、配合室全体の魔力が一瞬だけ震えた。
「魔力圧……!」
見学していた研究員が思わず後ずさる。
生まれたばかりとは思えない存在感だった。
ロイドはゆっくりと近付く。
解析眼が自動的に情報を読み取っていく。
魔力循環。
生命活動。
属性構成。
精神状態。
どれも安定している。
暴走の兆候は一切ない。
ロイドは安堵の息を吐いた。
「成功です。」
静かな一言だった。
しかし、その言葉が配合室の空気を一変させた。
「成功した!」
「本当に成功したぞ!」
「新種配合だ!」
歓声が一斉に上がる。
研究員たちは興奮を隠せず、互いに肩を叩き合っている。
上級配合士たちも驚きを隠せなかった。
新種配合は成功するだけでも偉業だ。
まして今回は若手配合士が主導した計画なのである。
研究所長は静かに魔獣へ近付く。
その動きをじっと観察した後、小さく頷いた。
「見事だ。」
その一言には、配合士として長年積み重ねてきた経験が込められていた。
「能力測定を開始しろ。」
研究員たちが慌ただしく動き出す。
魔力測定器。
身体能力測定装置。
属性解析魔法陣。
次々と準備が進められていく。
十分後。
最初の測定結果が届けられた。
それを見た研究員が思わず声を上げる。
「嘘だろ……。」
周囲がざわつく。
研究所長が結果を受け取り、ゆっくりと目を通した。
そして普段ほとんど表情を変えない彼が、僅かに目を見開く。
「身体能力は月光牙狼と同等……。」
「さらに夜属性適性は三割向上。」
「魔力消費は二割減少。」
読み上げられる数値に、配合室が静まり返る。
普通ではあり得ない。
能力を伸ばせば消費魔力も増えるのが常識だった。
しかし今回の魔獣は逆だった。
強くなりながら燃費まで改善されている。
「理論上はあり得ません!」
若い研究員が叫ぶ。
「だから新種配合なんだ。」
研究所長は静かに答えた。
「常識の外にある成果だからこそ価値がある。」
その言葉に誰も反論できなかった。
一方、ロイドは魔獣の前へしゃがみ込んでいた。
新たに得た解析眼が、さらに詳細な情報を映し出している。
能力だけではない。
成長速度。
進化の可能性。
得意とする戦闘距離。
習得しやすい技。
今まで見えなかった未来の可能性まで読み取れるようになっていた。
「すごい……。」
思わず呟く。
解析眼は単なる強化版ではなかった。
配合士という職業そのものを変える可能性を秘めた能力だったのである。
その様子を少し離れた場所から見つめる男がいた。
グレインだった。
彼は黙って拳を握り締めている。
ロイドが成功する姿を見ても、素直に認めることができなかった。
長年積み上げてきた自分の経験。
若手を指導してきた誇り。
その全てが揺らいでいるような気がしたからだ。
しかし研究所長は違った。
「ロイド。」
その呼びかけに全員の視線が集まる。
「今回の成果は魔王軍へ正式報告する。」
ロイドは驚いた。
「私がですか?」
「当然だ。」
研究所長は頷く。
「この配合を設計したのはお前だ。」
「成功させたのもお前だ。」
「なら成果を報告する資格もお前にある。」
その言葉を聞いた瞬間、ロイドは胸が熱くなった。
かつて失敗作と呼ばれ、報告書すら任せてもらえなかった自分が、今では魔王軍へ成果を報告する立場になっている。
たった数週間前には想像もできなかった未来だった。
その頃、魔界スキル商店では観測水晶に配合室の様子が映し出されていた。
リリアは嬉しそうに羽を震わせる。
「成功しましたね!」
「ええ。」
アルトも静かに微笑む。
ロイドの努力が実を結んだことはもちろん嬉しい。
だが、それ以上に興味を引かれているものがあった。
帳簿には新たな文字が浮かび上がっている。
【解析眼 運用データ取得】
【条件達成】
【新規スキル設計開始】
アルトはその表示を見つめながら、小さく呟いた。
「次のスキルは……面白いものになりそうですね。」
研究者としての好奇心が刺激される。
そして魔界スキル商店には、また新たな可能性が生まれようとしていた。




