第69話 配合士と観察眼⑥
新種配合の実施日が決まったという知らせは、わずか一日で研究所全体へ広まった。
当然だった。
若手配合士であるロイドが中心となり、魔王軍から依頼された大型案件を担当するのである。
前代未聞と言っていい。
成功すれば快挙。
失敗すれば笑い者。
そのため研究所内の注目は否応なく集まっていた。
特にグレイン派の配合士たちは面白くなさそうだった。
「どうせ失敗する。」
「新種配合だぞ。」
「たまたま分析が当たっただけだ。」
そんな声も聞こえてくる。
しかし以前のロイドなら気になっていたであろう言葉も、今は不思議なほど気にならなかった。
やるべきことが多すぎたからである。
新種配合は通常の配合とは比較にならないほど準備が重要だ。
素材の状態確認。
魔力循環の測定。
属性相性の再検証。
環境調整。
補助魔法陣の設計。
少しでもミスがあれば全てが無駄になる。
だからこそロイドは研究所へ泊まり込みで作業を続けていた。
配合室の机には大量の資料が積み上がり、壁には何十枚もの設計図が貼られている。
普通の配合士なら数週間かけて検討する内容だ。
それを短期間でまとめ上げている。
観察眼のおかげもある。
だが、それだけではない。
ロイド自身が誰よりも努力していた。
これまで失敗し続けた数年間。
無駄だと思われていた勉強。
評価されなかった知識。
それらが今になって活き始めているのである。
観察眼は情報を与えてくれる。
しかし情報を理解するのは本人だ。
積み重ねた努力がなければ、ここまでの分析はできなかった。
「もう少しだ……」
ロイドは設計図へ視線を落とす。
核となるのは進化した月光牙狼。
補助素材は月影豹。
さらに魔力安定化用として夜光蝙蝠の魔石を利用する。
従来の理論なら採用されない組み合わせだった。
だが観察眼が示している。
相性は悪くない。
むしろ従来案より優れている。
問題は成功率だった。
七割近いとはいえ確実ではない。
三割以上は失敗する可能性が残っている。
新種配合では十分高い数値だが、ロイドは納得していなかった。
「まだ足りない……」
そう呟きながら資料を読み返す。
その時だった。
ふと一枚の古い論文が目に入る。
数十年前の配合記録。
著者は既に引退した老配合士だった。
成功例は少ない。
評価も高くない。
以前のロイドなら読み飛ばしていただろう。
だが今は違う。
何となく気になった。
ページをめくる。
そして数分後。
ロイドは椅子から立ち上がっていた。
「これだ……!」
そこに書かれていたのは魔力循環補助法。
古い技術であり、現在ではほとんど使われていない。
理由は簡単だった。
扱いが難しいからだ。
しかし今回の配合とは相性が良い。
もし組み込めれば――。
ロイドは急いで計算を始めた。
新しい魔法陣を設計する。
配合工程を書き直す。
検証を重ねる。
気付けば外は明るくなっていた。
徹夜だった。
それでも疲労より興奮が勝っている。
再計算した成功率を見た瞬間、ロイドは息を呑んだ。
七十二%。
そこから。
七十六%。
さらに。
七十九%。
八割目前だった。
新種配合としては破格である。
「本当に……いけるかもしれない。」
ロイドは思わず笑った。
その頃、魔界スキル商店ではリリアが観測水晶を眺めていた。
映像には徹夜明けにも関わらず興奮した様子で設計図を書き直しているロイドが映っている。
「頑張っていますね。」
「頑張っていますね。」
アルトも頷いた。
そして帳簿へ視線を落とす。
そこには新しい情報が表示されていた。
【観察眼】
【熟練度上昇】
【情報統合能力向上】
【上位能力解放率 83%】
数字が大きく伸びている。
ロイド自身は気付いていない。
だが観察眼は着実に進化へ近付いていた。
単なる観察ではない。
得た情報を組み合わせ、新しい答えを導き出す段階へ進もうとしている。
アルトは少しだけ興味深そうな表情になる。
「面白いですね。」
「何がですか?」
リリアが尋ねる。
「観察眼の成長方向です。」
アルトは帳簿を指差した。
「契約共有は仲間との繋がりによって進化しました。」
「ですが観察眼は知識と経験の統合で進化しようとしています。」
同じスキルでも成長過程は違う。
それが興味深かった。
リリアも納得したように頷く。
「つまりロイドさんは勉強すればするほど強くなるんですね。」
「かなり極端に言えばそうです。」
研究者向きのスキルだ。
そして配合士との相性は想像以上に良い。
観測水晶の向こうでは、ロイドが最後の設計図を書き終えていた。
その表情に迷いはない。
失敗作と呼ばれていた青年の顔ではなかった。
一人の配合士として、自分の理論を信じられるようになった者の顔だった。
そして翌日。
研究所の大型配合室には、研究所長をはじめ多くの配合士たちが集まることになる。
魔王軍の依頼。
新種配合。
若き配合士の挑戦。
その全てが交差する運命の日が、いよいよ目前まで迫っていた。




