第64話 配合士と観察眼①
「観察眼……ですか?」
ロイドはテーブルの上に置かれた結晶を見つめながら呟いた。
彼が想像していたスキルとはあまりにも違っていた。
配合士として成功したい。
誰よりも優秀な配合士になりたい。
そんな願いを抱えてこの店へ来たのだから、もっと派手な名前を予想していたのである。
例えば配合成功率上昇。
例えば高等配合理論。
例えば魔物解析。
そういった、聞いただけで強そうなスキルだ。
だが目の前にあるのは観察眼。
地味。
正直な感想を言うなら、それに尽きた。
「納得できませんか?」
アルトが穏やかに尋ねる。
ロイドは少し迷った後、正直に頷いた。
「はい。」
「俺は何年も配合を勉強してきました。」
「配合理論も覚えました。」
「有名な配合士の記録も読みました。」
「でも結果が出ない。」
「だからもっと直接的な力が必要だと思っていました。」
その声には焦りが滲んでいた。
努力しても成果が出ない。
何年も続けば誰だって近道を求める。
リリアも黙って話を聞いていた。
これまで何人もの客を見てきたが、ロイドはかなり追い詰められている部類だった。
アルトはしばらく考えた後、棚から二冊の資料を取り出した。
どちらも配合士向けの専門書である。
そしてそのうちの一冊を開き、あるページをロイドへ見せた。
「この配合結果を見てどう思いますか?」
ロイドは内容を確認する。
火狼と岩蜥蜴を配合し、炎甲獣を作る記録だった。
成功例である。
どこにも不自然な点はない。
「普通の成功例ですね。」
「そうですね。」
アルトは頷く。
そしてもう一冊を開いた。
こちらも同じ配合だった。
しかし結果は失敗。
魔物は暴走し、素材も失われている。
ロイドは眉をひそめた。
「成功率の問題ですか?」
「違います。」
「相性ですか?」
「違います。」
「運ですか?」
アルトは首を横に振った。
そして二つの記録を並べた。
「実は配合に使われた火狼が違います。」
「え?」
ロイドは驚く。
資料を見直す。
だが違いは分からない。
同じ種族。
同じ年齢。
同じ成長段階。
どこにも差は見当たらなかった。
「成功した火狼は火属性魔力が通常より八%高い個体です。」
「失敗した火狼は土属性への適応値が低い個体でした。」
ロイドは息を呑んだ。
そんな情報は書かれていない。
いや。
正確には記録の隅に小さく書かれていた。
今まで気にも留めていなかった項目だった。
「配合士は魔物を混ぜる職業ではありません。」
アルトは静かに言う。
「魔物を理解する職業です。」
店内が静まり返る。
「知識は重要です。」
「経験も重要です。」
「ですが、その前に必要なものがあります。」
アルトは観察眼の結晶を手に取った。
淡い光が指先を照らす。
「正しく見る力です。」
「どんな属性を持っているのか。」
「どんな成長をしてきたのか。」
「どんな可能性を秘めているのか。」
「どんな組み合わせに向いているのか。」
「それを見抜けなければ、どれだけ知識があっても失敗します。」
ロイドは言葉を失った。
思い返せば今までそうだった。
教本通りにやった。
記録通りにやった。
だが素材となる魔物自身を深く観察したことはほとんどない。
成功者の真似ばかりしていた。
なぜ成功したのかを理解しようとしていなかった。
その時、リリアが横から口を挟む。
「つまりですね。」
「はい。」
「店長はロイドさんが魔物を見てるつもりで見てなかったって言いたいんです。」
「だいぶ直接的ですね。」
「分かりやすさ重視です。」
ロイドは思わず苦笑した。
だが否定できなかった。
むしろその通りだった。
彼は配合結果ばかり見ていた。
素材となる魔物たちをちゃんと見ていなかったのだ。
アルトは帳簿を開く。
淡い光が浮かび上がった。
【適性スキル】
【観察眼】
【適合率 98%】
【推定成長率 極大】
リリアも数字を見て驚く。
ここまで高い適合率は珍しい。
カイルの契約共有ですら九十%台前半だった。
「ロイドさん。」
アルトは真剣な表情で言った。
「あなたには才能があります。」
ロイドの肩が震える。
その言葉を何年ぶりに聞いただろう。
いや。
もしかすると初めてかもしれない。
周囲から言われてきたのは失敗作という言葉ばかりだった。
期待外れ。
才能がない。
向いていない。
そんな言葉ばかりだった。
だからこそ信じられない。
だがアルトの目は本気だった。
「ただし、その才能の方向が間違っていました。」
「配合技術ではなく観察能力。」
「それがあなたの本質です。」
ロイドはしばらく黙り込んだ。
そしてゆっくりと顔を上げる。
「……代金は?」
その質問にアルトは帳簿へ視線を落とした。
すぐに文字が浮かび上がる。
【金貨一万五千枚】
【追加契約】
【観察眼によって得られた配合データの提供】
ロイドは内容を読み、首を傾げた。
「配合データ?」
「はい。」
アルトは頷く。
「私はスキル研究者です。」
「スキルがどのように使われ、どのように成長するのかを知りたい。」
「ですから観察眼で得た情報や成功事例を定期的に提供していただきます。」
ロイドは納得した。
金貨だけではない。
知識も対価なのだ。
研究者らしい契約だった。
「それだけで良いんですか?」
「それだけで構いません。」
「もしあなたが大成すれば、そのデータは金貨以上の価値になりますから。」
アルトは静かに笑った。
ロイドは結晶を見つめる。
ここが人生の分岐点かもしれない。
そんな予感がしていた。
そして彼は迷わず契約書へ署名する。
次の瞬間。
観察眼の結晶が眩く輝き始めた。
光はロイドの体へ流れ込み、その瞳へ吸い込まれていく。
世界が変わる。
棚に置かれた魔石。
店内を流れる魔力。
リリアの羽根に宿る微細な魔力の流れ。
今まで存在していたのに見えていなかった情報が、一気に視界へ飛び込んできた。
ロイドは息を呑む。
そして理解する。
自分は今まで、本当に何も見えていなかったのだと。




