第63話 配合士と失敗作
召喚士カイルとの契約から数日後。
魔界スキル商店はいつも通り静かな朝を迎えていた。
店内には木材と魔石が混ざった独特の香りが漂い、棚には様々なスキル結晶が整然と並んでいる。窓から差し込む柔らかな光が店内を照らし、その中央ではアルトが一冊の分厚い本を読みながら何かを書き留めていた。
内容は契約共有の観測記録だった。
観測水晶によって得られた情報を整理し、スキルの成長条件や変化の傾向をまとめているのである。
アルトにとって顧客は単なる客ではない。
生きた研究資料でもあった。
もちろん本人に迷惑をかけるつもりはない。
だが未知のスキルが成長する過程を観察できる機会など滅多にないのだ。
研究者として興味を持たない方が難しかった。
その向かいではリリアが帳簿の整理を行っている。
従業員になってから一か月近く経過したが、既に店の運営に欠かせない存在になっていた。
むしろ帳簿管理に関してはアルトより遥かに優秀である。
「店長。」
「何でしょう。」
「先月の売上報告です。」
「ありがとうございます。」
「あと経費が増えています。」
アルトが顔を上げた。
「観測水晶ですか?」
「観測水晶です。」
予想通りだった。
カイルの模擬戦。
セレナの近況。
ガルムの活動。
何かと理由を付けて観測していた結果、気付けばそれなりの金額になっていたのである。
「必要経費ですよ。」
「便利なのは認めます。」
「でしょう?」
少し得意そうなリリアに、アルトは苦笑した。
実際、観測水晶は非常に有用だった。
契約者がスキルをどう活用しているのか分かるため、今後の販売にも活かせる。
何より顧客が成長していく姿を見るのは純粋に面白い。
そんな穏やかな時間が流れていた時だった。
店の中央に置かれた帳簿が突然淡い光を放った。
ページがひとりでに開き、新しい文字が浮かび上がる。
【来客接近】
【推定到着まで三分】
【職業:配合士】
リリアが反応した。
「来ましたね。」
「来ましたね。」
前回表示された予告通りだった。
配合士。
魔界では決して珍しくない職業だが、一流と呼ばれる者は極端に少ない。
魔物同士を組み合わせ、新たな能力や特性を生み出す特殊職。
知識。
経験。
観察眼。
そして運。
様々な要素が要求される難しい職業だった。
アルトも自然と興味を抱く。
スキル研究者である彼にとって、配合士は近い分野の専門家でもあるからだ。
やがて店の扉が開いた。
カラン。
静かな音が響く。
入ってきたのは若い魔族だった。
年齢は二十代半ばほど。
黒髪。
やや痩せ気味の体格。
そして何より特徴的だったのは、その目の下に刻まれた濃い隈だった。
疲れている。
誰が見ても分かるほど疲弊していた。
「いらっしゃいませ。」
アルトが声を掛ける。
青年は小さく頭を下げた。
そして店内を見回し、恐る恐る口を開く。
「本当に……スキルを売っている店なんですよね。」
その声にも疲労が滲んでいた。
「はい。」
「噂は聞いたんですけど……。」
そこで言葉が途切れる。
何かを迷っているらしい。
アルトは急かさず待った。
しばらく沈黙が続き、やがて青年は椅子へ腰を下ろした。
「俺は配合士です。」
「はい。」
「でも……。」
青年は拳を握り締めた。
その表情には焦りと悔しさが浮かんでいる。
「上手くいかないんです。」
重い言葉だった。
リリアも真剣な顔になる。
配合士という職業は結果が全てだ。
成功すれば評価される。
失敗すれば評価されない。
非常に分かりやすい世界である。
「失敗続きですか?」
アルトが静かに尋ねる。
青年は力なく頷いた。
「何度やっても上手くいかない。」
「理論は勉強した。」
「先輩にも教わった。」
「配合記録も読み込んだ。」
「でも結果が出ない。」
その声には長年積み重なった苦しさが滲んでいた。
努力している。
誰より努力している。
それなのに結果だけが付いてこない。
そんな人間特有の苦しみだった。
「最近では失敗作って呼ばれてます。」
自嘲気味に笑う。
だが目は笑っていない。
リリアは思わず眉をひそめた。
好きで失敗しているわけではない。
それなのに失敗作と呼ばれるのはあまりにも酷かった。
アルトは青年を見つめる。
そして静かに帳簿へ手を置いた。
ページが開く。
淡い光が浮かび上がる。
【顧客名】
【ロイド】
【職業】
【配合士】
文字はさらに続いていく。
そして次の瞬間。
アルトの目がわずかに見開かれた。
珍しい。
本当に珍しい結果だった。
横から覗き込んだリリアも息を呑む。
そこに表示されていたのは――。
【適性スキル】
【観察眼】
アルトは思わず小さく笑った。
なるほど。
そういうことか。
どうやら今回の客も、本人が気付いていない大きな可能性を抱えているらしかった。




