第62話 召喚士と契約共鳴②
訓練場を包む空気が変わった。
先ほどまでのゼクトは試していた。
観察していた。
未知のスキルを見極めようとしていた。
だが今は違う。
上級召喚士として。
一人の実力者として。
本気で向き合おうとしていた。
黒豹の魔力が膨れ上がる。
筋肉が膨張する。
爪が伸びる。
瞳が鋭く細められる。
観客席から悲鳴にも似た声が漏れた。
「あれは……」
「魔獣強化か」
「本気じゃないか」
上級召喚士の切り札の一つ。
契約魔獣の潜在能力を一時的に解放する技術だった。
当然、消耗も大きい。
模擬戦で使う者は少ない。
つまりゼクトは認めたのだ。
カイルを。
そして契約共鳴という力を。
対するカイルも理解していた。
格上が本気になった。
嬉しさと緊張が同時に押し寄せる。
だが恐怖はなかった。
胸の奥から三つの気配が伝わってくる。
角兎。
小鬼。
影獣。
三体とも戦う気だった。
「行こう」
カイルが呟く。
三体が応える。
次の瞬間。
黒豹が消えた。
そう見えた。
速すぎたのだ。
角兎が反応する。
避ける。
しかし完全には避けられない。
衝撃。
小さな体が吹き飛ぶ。
地面を転がる。
観客席がどよめく。
先ほどまでとは威力が違った。
圧倒的だった。
「キュッ……」
角兎が立ち上がる。
まだ戦える。
だが無傷ではない。
カイルは歯を食いしばった。
しかし焦らない。
契約共鳴はまだ続いている。
仲間の状態が伝わる。
痛みも。
疲労も。
覚悟も。
全て。
だからこそ判断できる。
「小鬼!」
小鬼が飛び出す。
剣が閃く。
だが黒豹は受け止める。
圧倒的な力だった。
押し返される。
それでも。
影獣が現れる。
死角からの奇襲。
さらに角兎が援護する。
三体の連携は先ほどよりも鋭い。
格上相手だからこそ成長している。
観客席から驚きの声が上がる。
「まだ食らいつくのか」
「何だあの連携」
「本当に下級魔獣か?」
誰もが目を離せない。
そして。
十分後。
勝負は決した。
黒豹の一撃が小鬼を捉える。
続いて角兎。
最後に影獣。
三体とも戦闘不能。
訓練場に静寂が訪れる。
「勝者、ゼクト」
審判の声が響いた。
当然の結果。
実力差を考えれば順当。
しかし。
誰もカイルを笑わなかった。
むしろ逆だった。
観客席から拍手が起きる。
少しずつ。
やがて大きく。
中級召喚士。
下級魔獣三体。
それで上級召喚士を本気にさせた。
それだけで十分異常だった。
カイルは膝をつく。
悔しい。
負けた。
それは事実だ。
だが。
不思議と絶望はなかった。
以前なら感じていたはずの差。
越えられない壁。
それが今は違って見える。
届かない場所ではない。
まだ遠いだけだ。
「良い顔だ」
ゼクトが歩み寄る。
カイルは顔を上げた。
上級召喚士は笑っていた。
馬鹿にする笑みではない。
本心からの笑みだった。
「負けたのに嬉しそうですね」
「成長できたからな」
カイルは正直に答える。
ゼクトは大きく頷いた。
「それで良い」
そして。
少し真面目な顔になる。
「中級としては異常だ」
観客席も静まり返る。
上級召喚士の評価。
重みがある。
「今のまま成長すれば面白いことになる」
「ありがとうございます」
「ただし」
ゼクトは笑う。
「今の俺には勝てない」
「でしょうね」
カイルも笑った。
その返答にゼクトは満足そうだった。
そして少しだけ視線を細める。
「ところで」
来た。
カイルは直感する。
ゼクトが本当に聞きたいこと。
「その力は何だ?」
静かな問いだった。
契約共鳴。
契約共有。
その根源。
ゼクトは知りたがっている。
カイルは少し考えた。
魔界スキル商店。
アルト。
リリア。
店の秘密。
全てが頭をよぎる。
だが。
「秘密です」
笑顔で答えた。
ゼクトは数秒固まる。
そして。
大声で笑った。
「そう来たか!」
周囲もつられて笑う。
追及されると思っていたカイルは少し驚いた。
「安心しろ」
ゼクトは肩をすくめる。
「誰にでも秘密はある」
その言葉に嘘はなかった。
だが。
興味が消えたわけではない。
むしろ増している。
それをカイルは理解していた。
一方その頃。
魔界スキル商店では。
リリアが拍手していた。
「惜しかったですね!」
「惜しかったですね」
アルトも頷く。
帳簿には結果が表示されている。
【契約者カイル】
敗北
しかし。
その下には別の文字もあった。
【契約共鳴】
習得完了
【共有率】
48%
【次段階まであと少し】
アルトは静かに笑った。
勝敗だけが成長ではない。
今回の戦いで得たものは大きい。
そして。
帳簿にはさらに新しい文字が浮かび始めていた。
【新規来客予測】
【到着予定 三日後】
【職業】
【配合士】
アルトの目が少しだけ見開かれる。
リリアもそれを見た。
そして。
二人は同時に顔を見合わせた。
どうやら。
次の物語が始まろうとしていた。




