第60話 召喚士と契約共有⑦
三日後。
魔界スキル商店。
開店直後からリリアは落ち着きがなかった。
何度も時計を見る。
何度も観測水晶を見る。
何度も帳簿を見る。
そして。
「まだですかね」
「まだですね」
「始まってませんかね」
「始まってませんね」
アルトは苦笑した。
完全に試合観戦を楽しみにしている。
補佐妖精というより近所のお祭りを待つ子供だった。
「そんなに気になりますか?」
「気になります」
即答だった。
「初めてのお客様のその後ですから」
確かにそれもある。
リリアが正式に働き始めてから最初の契約者。
思い入れもあるのだろう。
その時。
観測水晶が光った。
リリアの目が輝く。
「来ました!」
帳簿へ金貨百枚を投入する。
もはや躊躇がない。
完全に経費扱いだった。
水晶に映像が映し出される。
場所は召喚士協会の訓練場。
観客席には多くの召喚士たちが集まっていた。
中級昇格試験で話題になったカイル。
そして若手上級召喚士ゼクト。
注目されるのも当然だった。
「結構人がいますね」
「噂になっているのでしょう」
アルトも映像を見つめる。
訓練場中央。
カイルが立っている。
その向かいにはゼクト。
余裕の表情だった。
経験も実力も格上。
普通に考えれば勝負にならない。
しかし。
ゼクトは興味深そうに笑っていた。
まるで珍しい研究対象を見るような顔だった。
『では始める』
審判役の声が響く。
次の瞬間。
ゼクトが召喚陣を展開した。
巨大な魔法陣。
そこから現れたのは黒い豹だった。
筋肉質な体躯。
鋭い牙。
中級魔獣ではない。
上級魔獣。
その場の空気が変わる。
「強そうですね」
「強いですね」
リリアは素直に感想を漏らした。
対するカイル。
角兎。
小鬼。
影獣。
いつもの三体。
戦力差は明らかだった。
観客席からも声が上がる。
無謀だ。
勝てるわけがない。
そんな空気だった。
だが。
試合開始と同時に。
角兎が走った。
「速い」
リリアが思わず呟く。
以前よりさらに速い。
共有率は既に三十%を超えていた。
小鬼の技術。
影獣の索敵。
それらを利用した動きだった。
しかし。
黒豹も速い。
一瞬で距離を詰める。
鋭い爪が振るわれた。
普通なら終わりだった。
だが。
角兎は避ける。
紙一重。
さらに避ける。
また避ける。
観客がざわついた。
回避だけなら互角。
下級魔獣が上級魔獣に食らいついている。
あり得ない光景だった。
「面白い」
映像の中でゼクトが笑う。
その瞬間。
小鬼が突撃した。
剣閃。
黒豹が受ける。
しかし。
その攻撃は囮だった。
影獣が背後から現れる。
さらに角兎が横から飛び込む。
三方向同時攻撃。
完璧な連携。
黒豹が初めて後退した。
「押してます!」
「押していますね」
リリアが興奮している。
だが。
アルトは静かだった。
まだ終わっていない。
格上には格上の強みがある。
その予感は当たった。
次の瞬間。
黒豹の魔力が膨れ上がる。
身体能力強化。
速度上昇。
力上昇。
全能力が一段階引き上げられた。
そして。
一撃。
角兎が吹き飛ぶ。
観客席がどよめく。
実力差だった。
どれだけ連携しても。
どれだけ工夫しても。
基礎能力の差は埋まらない。
「まずいですね」
リリアが呟く。
しかし。
カイルは慌てていなかった。
むしろ。
少し笑っていた。
アルトは気付く。
「ああ」
「店長?」
「なるほど」
帳簿が反応する。
【契約共有】
共有率
31%
↓
34%
↓
36%
数字が上がる。
戦闘中にも成長している。
契約共有は経験を共有するスキル。
強敵との戦い。
極限状態。
それら全てが成長材料になる。
そして。
カイルが魔力を流した。
三体の契約魔獣へ。
角兎。
小鬼。
影獣。
三体の気配が重なる。
共鳴する。
まだ未完成。
まだ不完全。
それでも。
何かが起きようとしていた。
帳簿に新しい文字が浮かび上がる。
【進化条件を確認】
【契約共鳴】
【解放まであと少し】
リリアが息を呑む。
アルトも目を細める。
どうやら。
この模擬戦は。
勝敗以上に重要な意味を持つらしかった。
カイル自身も気付いている。
今。
自分たちは。
新しい扉の前に立っているのだと。




