第59話 召喚士と契約共有⑥
「金貨百枚……」
リリアは帳簿を見つめながら呟いた。
「高いですね」
「高いですね」
アルトも同意する。
観測機能そのものは便利だ。
契約者の成長を確認できる。
スキル研究にも役立つ。
顧客管理にも使える。
しかし一回金貨百枚は微妙に高い。
払えない金額ではない。
だが気軽に使うには躊躇する。
「店長」
「何でしょう」
「経費で落ちますか?」
「落ちると思います」
「やりました」
何がやったのかは分からなかった。
だがリリアは満足そうだった。
その時。
店の扉が開く。
カラン。
心地よい音が響く。
二人は同時に顔を上げた。
しかし。
客ではなかった。
一羽の黒い鳥だった。
窓から入り込んできた伝令鳥である。
鳥は真っ直ぐリリアの元へ飛ぶ。
そして小さな筒を落とした。
「魔王軍からですね」
リリアが受け取る。
封印を確認。
問題なし。
すぐに開封した。
そして。
「……あ」
表情が固まる。
アルトが首を傾げた。
「何かありました?」
「セレナ様です」
嫌な予感がした。
数秒後。
リリアは深いため息を吐く。
「また仕事を増やしたそうです」
「ああ……」
何となく理解した。
可能性を手に入れてからのセレナは非常に活動的だった。
止まらない。
とにかく止まらない。
以前は停滞していた反動なのかもしれない。
「今度は何を?」
「新人育成制度の改革」
「大きいですね」
「さらに人材発掘制度の改善」
「大きいですね」
「さらに魔王軍研究部門との共同計画」
アルトは黙った。
大きいどころではない。
普通なら数年かけて検討する案件である。
リリアも頭を抱える。
「部下の皆さんが泣いています」
「でしょうね」
セレナ本人は楽しそうだが、周囲は大変らしい。
その時だった。
観測水晶が淡く光る。
【観測対象更新】
文字が浮かび上がる。
リリアが反応した。
「せっかくですし見てみますか」
「経費で?」
「経費で」
金貨百枚が消えた。
帳簿は容赦がない。
そして映像が映し出される。
場所は魔王軍本部。
セレナの執務室だった。
「多いですね」
「多いですね」
書類の山である。
埋もれている。
普通なら絶望する量だった。
しかし。
セレナは笑っていた。
楽しそうに。
本当に楽しそうに。
「次はこれですね」
「次はこれ」
「その次はこれ」
「その次もあります」
部下たちの顔が死んでいる。
完全に死んでいる。
リリアは思わず同情した。
「止めなくて良いんでしょうか」
「本人が幸せそうですし」
「確かに」
難しい問題だった。
映像が切り替わる。
今度はカイルだった。
訓練場である。
共有率は二十六%。
着実に伸びていた。
そして。
「おや」
アルトが目を細める。
カイルの前に誰かいる。
黒いローブ。
細い目。
ゼクトだった。
上級召喚士。
最近カイルを調べている人物である。
「接触しましたね」
リリアも真剣な顔になる。
映像の中で二人が会話している。
当然音は聞こえない。
だが表情は分かる。
ゼクトは穏やかだ。
カイルも警戒しながら応じている。
やがて。
ゼクトが何かを提案した。
カイルが驚く。
少し考える。
そして頷いた。
「何でしょう」
「分かりません」
音声はない。
そこだけが不便だった。
その瞬間。
帳簿が新たな文字を表示する。
【上級召喚士ゼクト】
【模擬戦を提案】
「あっ」
「なるほど」
便利だった。
どうやら帳簿が補足してくれるらしい。
リリアが感心していると、さらに文字が続く。
【契約者カイル】
【受諾】
【三日後】
【模擬戦予定】
店内が静かになる。
カイルにとって初めての上級召喚士との戦い。
簡単な相手ではない。
むしろ圧倒的格上だ。
「勝てると思いますか?」
リリアが尋ねた。
アルトは少し考えた。
そして首を横に振る。
「今はまだ難しいでしょう」
実力差が大きい。
共有率もまだ低い。
順当に考えればゼクトが勝つ。
だが。
「ただ」
アルトは少し笑った。
「面白い試合にはなると思います」
契約共有。
あのスキルは成長する。
積み重なる。
そして何より。
仲間がいるほど強くなる。
召喚士との相性は異常だった。
観測水晶の中では。
カイルとゼクトが握手していた。
三日後。
新たな試練が始まる。
そしてその結果は。
きっとまた、魔界スキル商店へ届くのだろう。




