第52話 補佐妖精と並列思考⑤
「正式に働きたいです」
高速記憶の仕入れ実演を見た直後、リリアは改めてそう宣言した。
迷いはなかった。
むしろ今までの人生で一番確信があったかもしれない。
魔王軍の仕事も嫌いではない。
待遇も良い。
同僚にも恵まれている。
だが、この店には未知があった。
補佐妖精にとって未知とは最高の娯楽であり、最高の研究対象でもある。
アルトは少し考えた。
正直なところ、人手不足なのは事実だった。
接客。
契約管理。
会計。
在庫確認。
商品整理。
一人で回せてはいる。
だが売上が増えれば限界も来る。
そして何より、リリアは優秀だ。
短い会話だけでもそれは分かる。
「条件があります」
「何でしょう?」
リリアが姿勢を正す。
「店の秘密を勝手に外へ漏らさないこと」
「守れます」
「魔王軍へ報告が必要な場合は事前に相談すること」
「守れます」
「帳簿に勝手に触らないこと」
「……」
「今少し間がありましたね」
「気のせいです」
気のせいではなかった。
アルトは確信していた。
この補佐妖精は絶対に帳簿へ興味を持つ。
むしろ既に持っている。
「最後に」
アルトは少し笑う。
「私より先に新機能を発見しないこと」
「それは保証できません」
即答だった。
二人は顔を見合わせる。
そして同時に笑った。
その瞬間だった。
店内に柔らかな光が広がる。
中央に置かれた帳簿が勝手に開く。
「え?」
リリアが目を丸くする。
アルトも驚いていた。
こんな反応は初めてだった。
ページがひとりでにめくられていく。
淡い文字が浮かび上がる。
【従業員契約を確認】
【補佐妖精 リリア】
【適性確認】
【承認】
【機能解放】
二人は固まった。
次々と文字が現れる。
【従業員権限を付与します】
【売上閲覧】
【在庫閲覧】
【顧客情報閲覧(制限あり)】
【帳簿補助機能解放】
「ちょっと待ってください」
リリアが言う。
「面接終わってませんよね?」
「終わってないですね」
「採用通知もありませんよね?」
「ありませんね」
二人は帳簿を見る。
帳簿は容赦なく続ける。
【採用完了】
【ようこそ、従業員】
「勝手に採用されたんですけど!?」
店内にツッコミが響いた。
アルトは思わず吹き出した。
どうやら店の判断では十分だったらしい。
本人の意思。
店主の許可。
適性。
全て揃ったと認識したのだろう。
リリアはしばらく帳簿を睨んでいたが、やがて諦めたようにため息を吐いた。
「採用されたなら仕方ありません」
「切り替え早いですね」
「長所です」
その長所は間違いなく本物だった。
数分後。
リリアは早速仕事を始めていた。
まず売上帳簿を確認する。
契約履歴を確認する。
在庫一覧を確認する。
そして五分後。
固まった。
「店長」
「何でしょう」
「何ですかこの管理方法」
アルトは嫌な予感がした。
リリアは帳簿を見せる。
商品管理。
顧客記録。
売上履歴。
確かに存在している。
だが。
「整理されてません」
「そうですか?」
「されてません」
断言だった。
補佐妖精基準では壊滅的らしい。
「過去の契約者の分類が曖昧です」
「はい」
「スキル系統別の管理もありません」
「はい」
「売上推移の分析もありません」
「はい」
「よくこれで運営できてましたね」
「何とかなってました」
「何とかしてたんですね……」
リリアは頭を抱える。
そして数秒後。
猛烈な勢いで作業を始めた。
分類。
整理。
再構築。
情報管理。
並列思考を使った作業速度は異常だった。
アルトが商品を一つ確認している間に、リリアは数十件の契約情報を整理している。
さらに三十分後。
「終わりました」
「何がです?」
「帳簿管理の改善です」
「早いですね」
「まだ第一段階です」
第一段階らしい。
アルトは深く考えるのをやめた。
有能な人材とはこういうものなのだろう。
その時。
店の扉が鳴った。
カラン、と心地よい音が響く。
二人が同時に視線を向ける。
新しい客だった。
フードを深く被った細身の魔族。
どこか警戒した様子で店内へ入ってくる。
そして。
帳簿が反応した。
【来客確認】
【適性検索開始】
【推定職業】
【召喚士】
アルトとリリアの目が同時に見開かれる。
召喚士。
魔界でも珍しい職業だった。
そして帳簿はさらに文字を浮かび上がらせる。
【高適性スキルを検出】
リリアは思わず笑う。
入社初日。
そして早速、新しい物語が始まろうとしていた。




