第49話 補佐妖精と並列思考②
セレナの執務室へ入ったリリアは、向かいの椅子へ座るよう促された。
普段なら上司に呼び出されれば緊張するものだ。
だがリリアの場合は少し違う。
緊張より好奇心が勝っていた。
机の上に置かれた資料。
そこに書かれていた文字。
【魔界スキル商店】
見たことのない名前だった。
しかし、その名前だけで何となく面白そうな匂いがする。
「それで、何をやらかしたのでしょうか」
開口一番そう聞くと、セレナは呆れたような表情を浮かべた。
「まず、自分が何かやらかした前提で話すのをやめなさい」
「でも心当たりが多すぎまして」
「少しは反省してください」
「それは難しいですね」
即答だった。
セレナは額を押さえる。
やはり呼ぶ相手を間違えたかもしれない。
そんな考えが一瞬だけ頭をよぎった。
しかし、すぐに否定する。
むしろ彼女以外には務まらない。
そう確信していた。
「今日は説教ではありません」
「良かった」
「仕事の話です」
「残念です」
「なぜ残念そうなんですか」
「仕事は毎日してますので」
「その毎日を何とかしなさい」
リリアは小さく肩をすくめた。
このやり取りも日常だった。
だが、次の瞬間。
セレナが資料を差し出す。
リリアは受け取った。
そして読み始める。
最初は軽い気持ちだった。
だが数ページ進んだところで表情が変わる。
さらに読み進める。
目の動きが速くなる。
補佐妖精特有の情報処理能力が発揮されていた。
十数ページあった資料を数分で読み終える。
そして。
「本物ですか?」
真顔で尋ねた。
「私も最初はそう思いました」
セレナは答える。
「ですが本物です」
「ガルム様も?」
「実際に接触しています」
「セレナ様も?」
「契約しました」
リリアは沈黙した。
数秒ほど。
だが補佐妖精の数秒は長い。
その間に膨大な思考が行われている。
可能性を分析する。
危険性を分析する。
利益を分析する。
魔王軍への影響を分析する。
そして。
「面白そうですね」
結論が出た。
あまりにも早かった。
「まずそこなんですね」
「だって面白そうじゃないですか」
リリアは真顔だった。
本気でそう思っている。
世界を変える力を売る店。
謎の店主。
特殊な契約。
普通なら警戒する。
しかし彼女は先に興味が来るタイプだった。
セレナは少し笑った。
やはり間違っていなかった。
「実は相談があります」
「はい」
「その店で働く気はありませんか?」
リリアは固まった。
そして。
「え?」
聞き返す。
数秒後。
もう一度聞き返す。
「え?」
さらに数秒後。
三度目。
「えぇぇぇ!?」
執務室に叫び声が響いた。
「働くって何ですか!?」
「言葉通りです」
「魔王軍を辞めろと!?」
「辞めろとは言っていません」
セレナは落ち着いていた。
「出向です」
「出向?」
「監視役」
「なるほど」
「連絡役」
「なるほど」
「雑務担当」
「最後だけ急に現実的ですね!?」
リリアは思わず立ち上がる。
頭の中で思考が暴走していた。
新しい職場。
未知の店。
変な店主。
スキル販売。
監視任務。
面白そう。
怪しい。
気になる。
楽しそう。
行きたい。
危険かもしれない。
行きたい。
凄く行きたい。
「顔に全部出ていますよ」
セレナが苦笑した。
「行きたいです」
「即答ですね」
「行きたいです」
二回言った。
しかも食い気味だった。
セレナは呆れながらも納得する。
こうなると思っていた。
リリアは昔から未知に弱い。
正確には未知に強すぎる。
興味を持ったら止まらない。
だからこそ退屈していた。
そして今。
目の前には最高の未知がある。
断る理由など存在しなかった。
「ただし条件があります」
セレナが言う。
「条件?」
「相手が受け入れれば、です」
「面接ですか」
「そうなります」
リリアは少し考えた。
そして。
「採用される自信はあります」
胸を張った。
「なぜです?」
「仕事できますので」
それは事実だった。
誰も否定できない。
むしろ有能すぎる。
セレナですら認めている。
「それに」
リリアは少しだけ笑った。
「久しぶりに楽しそうな仕事です」
その表情はいつもの退屈そうなものではなかった。
魔王軍へ入ったばかりの頃。
新しい仕事を任された時のような顔だった。
その頃。
魔界スキル商店ではアルトが帳簿を眺めていた。
新しい名前。
補佐妖精リリア。
その項目に変化が現れる。
【到達確率】
94%
↓
100%
さらにその下。
新しい文字が浮かび上がった。
【適性スキル確定】
アルトは少しだけ目を細める。
そして表示された文字を見て小さく笑った。
【並列思考】
「なるほど」
補佐妖精らしい商品だった。
しかし。
帳簿はさらに続く。
【上位進化候補】
【多重演算】
【未来予測補助】
【情報統括】
アルトは少し驚いた。
珍しい。
ここまで適性候補が並ぶ客は少ない。
どうやら次の来客も、なかなか面白いことになりそうだった。




