第48話 補佐妖精と並列思考①
魔王城の行政区画。
そこには無数の文官や事務官が働く巨大な庁舎が存在していた。
最前線で戦う兵士たちとは違い、彼らは書類と数字で魔王軍を支えている。
補給計画。
人員配置。
予算管理。
物資運搬。
戦争は剣だけではできない。
膨大な事務処理があってこそ軍は機能する。
そして、その中でも特に優秀な種族として知られているのが補佐妖精だった。
小柄な体。
高い知能。
優れた情報処理能力。
戦闘力こそ低いが、補助能力では他種族を大きく上回る。
その一人が今、机に突っ伏していた。
「暇です……」
リリア。
百二十歳の補佐妖精だった。
妖精としてはまだ若い。
銀色の髪を揺らしながら、大きなため息を吐く。
机の上には大量の書類が積まれている。
だが、それらはすでに処理済みだった。
普通の文官なら三日はかかる量だ。
しかしリリアは半日で終わらせてしまった。
だから暇だった。
非常に暇だった。
「仕事ください……」
隣の席の文官が苦笑する。
「さっき渡したばかりだろ」
「終わりました」
「もう?」
「終わりました」
「嘘だろ……」
文官が確認すると、本当に終わっていた。
誤字もない。
計算ミスもない。
分類も完璧。
もはや呆れるしかない。
これが補佐妖精の能力だった。
彼女たちは元々、複数の思考を同時進行させることを得意としている。
リリアはその中でも特に優秀だった。
報告書を書きながら予算計算を行い、同時に部隊配置まで考えられる。
だから仕事が一瞬で終わる。
そして暇になる。
「転職したい……」
ぽつりと呟く。
「また始まった」
周囲は慣れた反応だった。
リリアは三日に一度は転職したいと言う。
冒険者になりたい。
研究者になりたい。
商人になりたい。
遺跡発掘したい。
魔界一周したい。
言うことが毎回違う。
だが共通していることがある。
退屈しているのだ。
「そんなに嫌なら異動願い出せば?」
「出しました」
「却下された?」
「十二回目が昨日却下されました」
「多いな!」
周囲から笑いが起きる。
しかし本人は真剣だった。
魔王軍は嫌いではない。
むしろ好きだ。
給料も良い。
待遇も良い。
上司にも恵まれている。
だが刺激がない。
毎日同じ仕事の繰り返しだった。
そんな時だった。
庁舎の扉が開く。
一人の兵士が入ってくる。
「リリア」
「はい?」
「セレナ様がお呼びだ」
部屋の空気が変わる。
魔王軍幹部。
その名前だけで周囲の文官たちが姿勢を正した。
リリアも慌てて立ち上がる。
「わ、私ですか?」
「そうだ」
「何かやらかしました?」
「知らん」
「減給ですか?」
「知らん」
「左遷ですか?」
「知らん」
「追放ですか?」
「知らん」
「怖いんですけど!」
周囲から笑い声が上がる。
リリアは本気で怯えていた。
心当たりが多すぎるからだ。
勝手に業務効率化した。
無断で書類形式を変更した。
上司の残業を減らそうとして権限ギリギリの改革をした。
怒られてもおかしくない。
むしろ今まで怒られなかったのが不思議だった。
リリアは重い足取りでセレナの執務室へ向かう。
廊下を歩きながら考える。
何だろう。
嫌な予感しかしない。
しかし。
同時に少しだけ期待もあった。
もしかすると。
何か面白い話かもしれない。
そんな予感だった。
執務室の前に到着する。
深呼吸。
ノック。
「入りなさい」
聞き慣れた声が返ってくる。
扉を開ける。
そして室内へ入った瞬間。
リリアは首を傾げた。
セレナの机の上に、見慣れない資料が置かれていたからだ。
そこには大きな文字でこう書かれていた。
【魔界スキル商店】
「……何ですか、それ?」
興味津々で尋ねるリリアに対し、セレナは少しだけ笑った。
その笑みを見た瞬間。
リリアは直感する。
これは厄介事だ。
そして。
とても面白そうな厄介事だと。
その頃、魔界スキル商店ではアルトが帳簿を確認していた。
新しい名前が浮かび上がる。
【補佐妖精 リリア】
適性スキル検索中
到達確率 94%
アルトは小さく首を傾げる。
補佐妖精。
珍しい客になりそうだった。
いや、客では無いのかも。




