第46話 魔王軍幹部と可能性①
セレナが魔界スキル商店へ辿り着いたのは、それから三日後のことだった。
ガルムから聞いた情報を頼りに旅を続けたわけではない。
むしろ逆だった。
最初の一日は何も見つからなかった。
二日目も成果はない。
三日目になってようやく違和感を感じた。
まるで道が繋がったような感覚。
気付けば見覚えのない荒野へ出ていた。
そして。
岩壁の向こうに隠されていた一軒の店を見つけた。
「本当にあったのですね」
思わず呟く。
報告書で読んでいた。
ガルムの証言も聞いている。
それでも。
実際に目の前へ現れると不思議な気分だった。
魔界の常識から外れた存在。
それが静かにそこに建っている。
◆
扉を開く。
鈴が鳴る。
店内は思っていたよりも普通だった。
豪華な装飾はない。
高級店のような威圧感もない。
棚が並び、商品が置かれている。
ただそれだけ。
しかし。
だからこそ異質だった。
ここは世界を変える力を売る店のはずなのに。
空気だけは近所の雑貨店のように穏やかだった。
◆
「いらっしゃいませ」
奥からアルトが現れる。
穏やかな笑み。
落ち着いた声。
ガルムの報告通りだった。
「魔王軍幹部セレナ様ですね」
「ええ」
「ご来店ありがとうございます」
「私が来ることも分かっていたのですか?」
セレナが尋ねる。
アルトは少しだけ考えた。
「予想はしていました」
その曖昧な答えに、セレナは思わず笑う。
確かに。
この男らしい。
◆
店内を見渡す。
様々な結晶が並んでいる。
どれも見たことのないものばかりだ。
強い魔力を感じるわけではない。
だが。
一つ一つが不思議な存在感を放っている。
「これが商品ですか」
「はい」
「全部スキル?」
「全てではありません」
アルトは答えた。
「ですが、多くはスキルです」
◆
セレナは棚の前を歩く。
興味深い。
本当に興味深い。
軍務も忘れ、しばらく商品を眺めてしまう。
すると。
アルトが一つの結晶を持ってきた。
淡い銀色の結晶。
派手さはない。
むしろ地味だった。
◆
「こちらがお客様に最も適した商品です」
セレナは結晶を見る。
そこに浮かぶ文字。
【可能性】
◆
「可能性?」
聞き返してしまう。
正直、予想外だった。
強力な魔法。
未来予知。
能力強化。
そういうものを想像していた。
だが。
可能性。
あまりにも抽象的だった。
◆
アルトは椅子を勧める。
セレナも腰を下ろした。
二人の間に結晶が置かれる。
「このスキルは珍しい商品です」
アルトが説明を始める。
「戦闘能力は上がりません」
「魔力量も増えません」
「寿命も伸びません」
「では何が変わるのですか?」
◆
アルトは静かに答える。
「選択肢です」
セレナは眉をひそめる。
選択肢。
それだけでは意味が分からない。
◆
「人は年齢と経験を重ねるほど可能性を失います」
アルトは続けた。
「成功率の高い道を選ぶようになります」
「失敗を避けるようになります」
「効率を求めます」
「当然ですね」
「はい。当然です」
◆
アルトは頷く。
「ですが」
そこで言葉を切った。
「可能性とは、本来存在していた別の未来です」
◆
セレナは黙る。
なぜか言葉が胸に刺さった。
◆
「若い頃のお客様は」
アルトが続ける。
「無数の選択肢を持っていました」
「将軍になる未来」
「研究者になる未来」
「旅人になる未来」
「商人になる未来」
「様々な可能性があった」
◆
セレナは視線を落とす。
確かにそうだった。
若い頃は何にでもなれると思っていた。
失敗してもやり直せた。
挑戦できた。
だが今は違う。
魔王軍幹部。
それが自分だ。
その立場に誇りもある。
後悔もない。
しかし。
失ったものがあることも理解していた。
◆
「このスキルは」
アルトが結晶を指差す。
「失われた可能性を再び見せてくれます」
「未来予知?」
「違います」
アルトは首を振った。
「選ばなかった道を理解する力です」
◆
店内が静まる。
セレナは言葉を失った。
そんな力が存在するのか。
もし本当なら。
それは戦闘能力などより遥かに恐ろしい。
◆
「代価は何ですか」
しばらくして尋ねる。
アルトは少しだけ表情を変えた。
そして静かに答える。
「諦めです」
◆
セレナの目が細くなる。
「諦め?」
「はい」
◆
アルトは続ける。
「お客様は長い人生の中で多くのことを諦めてきました」
「夢」
「挑戦」
「未知」
「立場のために捨ててきたものがあります」
◆
図星だった。
否定できない。
◆
「その諦めを代価としていただきます」
「失うとどうなるのですか?」
◆
アルトは少しだけ笑った。
「面倒になります」
◆
「面倒?」
「はい」
◆
「やりたいことを我慢できなくなるかもしれません」
「興味を持ったことを放置できなくなるかもしれません」
「新しいことに首を突っ込みたくなるかもしれません」
◆
セレナは思わず吹き出した。
初めてだった。
この店で心から笑ったのは。
◆
「それは確かに困りますね」
「幹部としては不向きかもしれません」
「でしょうね」
◆
二人は小さく笑う。
だが。
セレナは理解していた。
本当は困らない。
むしろ。
今の自分に足りないものなのだと。
◆
「ちなみに料金は?」
セレナが尋ねる。
アルトは即答した。
「金貨五万枚です」
◆
セレナは少しだけ目を見開いた。
高額だ。
だが払えない額ではない。
むしろ。
世界を変える力なら安いとさえ思えた。
◆
結晶を見つめる。
【可能性】
不思議な商品だった。
強くなるわけではない。
偉くなるわけでもない。
それでも。
今まで見てきたどのスキルより魅力的に見える。
◆
そして。
アルトの背後では契約帳簿が静かに光っていた。
魔王軍幹部の来店。
それは単なる一人の客の訪問では終わらない。
この契約をきっかけに。
魔王軍と魔界スキル商店の距離は、大きく縮まろうとしていた。




