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『ようこそ魔界スキル商店へ』  作者: もかどら


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第45話 魔王軍幹部と観察③

魔王城の朝は早い。


まだ日が昇り切る前から、多くの魔族たちが働き始める。


兵士たちは訓練を行い、文官たちは書類を整理し、各地から届く報告が本部へ集まる。


その中心にいるのが魔王軍幹部たちだった。


セレナもまた、その一人として朝から執務室に座っていた。


机の上には大量の書類が積み上がっている。


北部防衛線の補給計画。


南方地域の治安報告。


魔獣被害の統計資料。


人材配置の再編案。


どれも重要な案件ばかりだった。


一つずつ確認し、判断を下し、必要なら修正指示を出す。


その作業は正確だった。


速かった。


そして何より無駄がなかった。


だからこそ周囲から高く評価されている。


魔王軍幹部セレナ。


優秀。


冷静。


公平。


失敗が少ない。


誰もがそう評価する。


しかし本人は知っていた。


それは褒め言葉であると同時に、停滞の証でもあることを。



昼過ぎ。


一通りの業務を終えたセレナは、窓の外へ目を向けた。


城下町が見える。


多くの魔族が生活している。


商人が商品を売る。


職人が道具を作る。


冒険者が依頼を受ける。


ありふれた日常。


平和な光景だった。


それは本来、彼女が守ろうとしているものでもある。


だが。


最近はその光景を見ても心が動かなかった。


昔なら違った。


魔王軍へ入った頃。


全てが新鮮だった。


任務も。


責任も。


仲間も。


未知ばかりだった。


だから必死になれた。


失敗もした。


怒られもした。


それでも楽しかった。


成長している実感があったからだ。



「人は変わるものですね」


誰もいない部屋で呟く。


今では多くの部下がいる。


権限もある。


信頼もある。


だが、その代わりに失ったものもある気がしていた。


挑戦する機会。


未知への好奇心。


失敗する自由。


そういったものだ。



その日の夕方。


セレナは城の図書館を訪れていた。


巨大な施設だった。


古代魔法。


歴史書。


戦術理論。


魔界中から集められた知識が保管されている。


若い頃はよく利用していた場所だった。


だが最近はほとんど来ていない。


必要な知識は既に身につけている。


新しく学ぶことも少なくなった。


そう思っていた。



何気なく本棚を眺める。


すると、一冊の古い本が目に入った。


魔王軍創設期の記録だった。


興味を引かれ、手に取る。


そして読み始める。


そこには初代幹部たちの記録が残されていた。



驚いた。


今では伝説として語られる人物たちが、若い頃は失敗ばかりしていたのだ。


補給線を間違える。


作戦に失敗する。


交渉を失敗する。


部下に逃げられる。


今の魔王軍なら考えられないような失態が並んでいる。


しかし。


同時に感じた。


彼らは生きていた。


必死だった。


失敗しながら前へ進んでいた。



セレナは本を閉じた。


胸の奥が少しだけ痛む。


いつからだろう。


失敗しないことばかり考えるようになったのは。


幹部だから。


責任者だから。


立場があるから。


そうやって自分を縛ってきた。



図書館を出る頃には夜になっていた。


帰り道。


ふとガルムの報告書を思い出す。


魔界スキル商店。


そして店主アルト。


あの男なら何と言うだろう。


今の自分を見て。



翌日。


セレナは珍しく休暇を申請した。


周囲は驚いた。


幹部が自ら休暇を取ることは少ない。


ましてやセレナほど真面目な人物ならなおさらだった。


「体調でも悪いのですか?」


部下が心配そうに聞く。


「いいえ」


セレナは笑う。


「少し考え事をしたいだけです」



休暇初日。


彼女は一人で城下町を歩いていた。


変装もしている。


幹部だと気付かれないように。


久しぶりだった。


任務でも仕事でもない外出は。


市場を歩く。


商人の声が聞こえる。


子供たちが走り回る。


露店では珍しい果物が売られている。


どこにでもある光景。


なのに。


少しだけ新鮮だった。



歩きながら考える。


自分は何を求めているのだろう。


強さではない。


権力でもない。


金でもない。


それらは既に持っている。


では何か。


答えはまだ見つからない。


だが。


一つだけ確かなことがあった。


今のままでは駄目だということだ。



その夜。


宿に戻ったセレナは決意する。


行こう。


一度だけでも。


魔界スキル商店へ。


客として。


幹部としてではなく。


一人の魔族として。



同じ頃。


魔界スキル商店。


アルトは契約帳簿を見つめていた。


ページが淡く光る。


【魔王軍幹部 セレナ】


状態:来店決意


到達確率:100%



そして。


これまで空白だった商品欄に、ついに文字が浮かび上がる。


【適性商品確定】


アルトは目を細めた。


珍しい。


本当に珍しい商品だった。



浮かび上がった文字。


それは。


【可能性】



アルトは小さく息を吐いた。


「なるほど」


確かに彼女らしい。


力を求めているわけではない。


才能を求めているわけでもない。


彼女が失ったのは未来への期待だった。


だから。


必要なのは強さではない。


再び前へ進むための力。



翌朝。


セレナは旅支度を整えていた。


魔王軍幹部としてではなく。


一人の客として。


魔界スキル商店へ向かうために。


そして。


その選択が。


後にアルトの店へ大きな変化をもたらすことになるとは、まだ誰も知らなかった。

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