第43話 魔王軍幹部と観察①
魔王城。
魔界の頂点に君臨する巨大な城。
その一角にある執務室で、一人の女性が書類に目を通していた。
魔王軍幹部セレナ。
軍事、行政、外交。
複数の分野を担当する実力者であり、若くして幹部にまで上り詰めた才女だった。
彼女の机の上には、一冊の報告書が置かれている。
差出人はガルム。
内容はもちろん――魔界スキル商店についてだった。
◆
セレナは静かにページをめくる。
店主アルト。
スキルの売買。
代価契約。
客たちの変化。
どれも常識では説明できない。
だが。
ガルムが嘘を書くことはない。
推測を書くことはある。
誤認することもある。
しかし。
事実を捏造する男ではなかった。
◆
「本当に存在するのですね」
セレナは小さく呟く。
彼女自身も最初は半信半疑だった。
噂だけならいくらでもある。
魔界には胡散臭い伝説が溢れている。
だが。
今回は違う。
実際に確認した者がいる。
しかも。
それがガルムだ。
◆
報告書の最後には一文だけ追加されていた。
【現時点で敵対意思は確認できず】
【接触継続を推奨】
セレナは少し笑う。
いかにもガルムらしい。
感情ではなく事実だけを書く。
だから信頼される。
◆
その時。
扉がノックされた。
「入って」
部下の魔族が入室する。
「セレナ様」
「どうしました?」
「北部防衛線の報告です」
◆
報告を受ける。
魔獣の出現。
補給状況。
部隊再編。
幹部としての日常業務だった。
しかし。
説明を聞きながらも。
セレナの頭の片隅には別のことがあった。
魔界スキル商店。
あの店だ。
◆
不思議だった。
強くなりたいわけではない。
権力も十分ある。
財産にも困らない。
地位もある。
なのに。
興味が消えない。
◆
「何を売るのでしょうね」
報告を終えた後。
セレナは一人で呟いた。
もし自分が客として訪れたら。
アルトは何を勧めるのか。
何を失い。
何を得るのか。
想像できなかった。
◆
その日の夕方。
セレナは城内の訓練場を訪れていた。
幹部とはいえ戦闘能力も必要だ。
魔界では珍しくない。
机仕事だけで務まるほど甘い世界ではないからだ。
◆
剣を振るう。
魔法を放つ。
訓練相手を圧倒する。
周囲の兵士たちから歓声が上がる。
誰が見ても強者だった。
だが。
本人は納得していなかった。
◆
訓練終了後。
一人で座る。
額の汗を拭く。
そして。
ふと空を見上げた。
「成長していませんね」
自嘲気味に笑う。
◆
弱くはない。
むしろ強い。
だが。
ここ数年。
ほとんど変わっていない。
努力している。
研究もしている。
経験も積んでいる。
それでも壁がある。
◆
ヴァルドの資料を読んだ時。
少し羨ましいと思った。
進化。
限界を超え続ける力。
そんなものが本当に存在するなら。
誰だって憧れる。
◆
「いえ」
セレナは首を振る。
違う。
自分が羨ましかったのは強さではない。
変化だった。
◆
毎日同じ仕事。
同じ責任。
同じ立場。
魔王軍幹部としては理想的だろう。
だが。
いつからだろう。
人生が予定調和になってしまったのは。
◆
その夜。
執務室へ戻ったセレナは再び報告書を開いた。
そして。
あるページで手が止まる。
そこにはガルムの感想が書かれていた。
【店主は商人である】
【少なくとも本人はそう考えている】
◆
セレナは思わず笑った。
実に妙な文章だ。
世界を揺るがす力を持ちながら。
本人は商人。
それだけ。
◆
「一度くらい」
彼女は呟く。
「会ってみたいですね」
◆
その頃。
魔界スキル商店。
アルトは店内の掃除を終えていた。
棚を整える。
商品を確認する。
いつも通りの閉店準備。
しかし。
契約帳簿には新しい変化が現れていた。
【魔王軍幹部 セレナ】
状態:来店意思発生
到達確率:79%
◆
アルトは少しだけ目を細める。
ガルムは仕事で来た。
だが。
セレナは違う。
純粋な興味。
純粋な疑問。
純粋な好奇心。
だからこそ。
帳簿の反応も大きい。
◆
ページの下に、新しい文字が浮かび上がる。
【適性商品選定開始】
【候補検索中】
アルトは珍しく眉を上げた。
「これはまた」
候補数が多い。
それだけ珍しい客ということだった。
◆
店の外では夜風が吹いている。
魔王軍幹部。
諜報魔族。
上級魔族。
少し前まで接点のなかった存在たちが、少しずつこの店へ引き寄せられていた。
そして。
その流れの先にいるセレナ自身もまだ知らない。
自分の来店が、後に魔界スキル商店へ大きな変化をもたらすことを。




