第42話 諜報魔族と追跡④
ガルムは結晶を見つめていた。
棚の上に置かれた小さな結晶。
派手な輝きはない。
強大な魔力も感じない。
だが。
その中に浮かぶ文字だけははっきり見えた。
【真実看破】
「……真実看破か」
ガルムは呟く。
長年諜報員を続けてきた。
無数の嘘を見てきた。
裏切りも見た。
陰謀も暴いた。
だからこそ分かる。
もし本当にそんな力が存在するなら。
国家一つを揺るがしかねない。
◆
「どんなスキルだ?」
ガルムは尋ねる。
アルトは結晶を手に取った。
「文字通りです」
「曖昧だな」
「真実を見抜く力です」
「嘘発見か?」
「少し違います」
◆
アルトは続ける。
「嘘を見抜く能力ではありません」
「では?」
「本質を見る能力です」
ガルムは黙る。
興味が湧く。
諜報の世界では。
嘘をつく者より厄介な相手がいる。
本気で自分を正しいと思い込んでいる者だ。
そういう相手は嘘発見能力では見抜けない。
◆
「例えば」
アルトが言う。
「ある者が英雄を名乗ったとします」
「ふむ」
「その者は本当に多くの人を救っているかもしれません」
「だが?」
「心の奥では名声だけを求めている」
ガルムは頷く。
珍しく話が分かりやすい。
◆
「真実看破は」
アルトが続ける。
「言葉ではなく、本質を見る力です」
「相手が何を望み」
「何を恐れ」
「何に執着しているか」
「その断片を理解できるようになります」
◆
ガルムは腕を組む。
危険な能力だ。
戦闘向きではない。
だが。
諜報員としては極めて強力だった。
交渉。
尋問。
情報収集。
潜入。
あらゆる場面で役に立つ。
◆
「代価は?」
ガルムは尋ねる。
今までの事例は調べている。
この店に無料の商品は存在しない。
アルトは少し考えた。
そして。
静かに答える。
「金貨1000枚と、、、疑う心です」
◆
店内が静まる。
金貨1000枚は問題ない。その後の言葉にガルムは一瞬意味が分からなかった。
「……何だと?」
「お客様は誰も信用しません」
アルトが言う。
「部下も」
「上司も」
「友人も」
「自分自身すらも」
◆
ガルムは否定できなかった。
諜報員として生きる以上。
それは当然だった。
誰かを信じすぎれば死ぬ。
裏切られる。
利用される。
だから疑う。
常に。
全てを。
◆
「それが代価か」
「はい」
「安いな」
ガルムは笑う。
しかし。
アルトは首を振った。
「いいえ」
◆
その表情は珍しく真剣だった。
「お客様はまだ理解していません」
「何をだ」
「疑うことと、見抜くことは別です」
◆
ガルムは黙る。
確かにそうだった。
今までの自分は。
誰かを疑うことで真実へ近付いてきた。
しかし。
本当にそうなのだろうか。
◆
「疑い続ける者は」
アルトが静かに言う。
「いつか誰も信じられなくなります」
「……」
「それは真実を見失うことでもあります」
◆
ガルムは結晶を見る。
不思議だった。
最初は警戒していた。
だが今は違う。
純粋に興味がある。
そして。
少しだけ。
自分自身を見透かされている気分だった。
◆
「面白い」
ガルムは言う。
「本当に面白い店だ」
アルトは何も言わない。
商人らしく微笑んでいるだけだった。
◆
ガルムは考える。
購入するか。
しないか。
諜報員としてなら欲しい。
間違いなく欲しい。
だが。
疑う心を失う。
それは自分の生き方そのものを変えることになる。
◆
長い沈黙。
やがて。
ガルムは息を吐いた。
「すぐには決められんな」
アルトは頷く。
「構いません」
「売り込まないのか?」
「商売は押し付けるものではありません」
◆
ガルムは笑った。
普通の商人なら必死に勧める。
だが。
この男は違う。
買うかどうかは客が決める。
ただ商品を見せるだけ。
その姿勢が妙に気に入った。
◆
店を出る頃には夜になっていた。
ガルムは扉の前で振り返る。
「また来るかもしれん」
「お待ちしております」
アルトは答える。
◆
ガルムは荒野を歩き出す。
報告しなければならない。
店は存在した。
危険性は不明。
敵意は感じられない。
店主は謎。
商品の力は本物。
そして。
自分はまだ購入していない。
◆
だが。
心のどこかで分かっていた。
今日で終わりではない。
むしろ。
ここから始まるのだと。
◆
その頃。
魔界スキル商店。
アルトは契約帳簿を開いていた。
【諜報魔族 ガルム】
状態:検討中
購入確率:87%
アルトは少しだけ目を細める。
そして。
ページをめくった。
そこには別の名前が浮かんでいる。
【魔王軍幹部 セレナ】
状態:興味増大
「こちらも近そうですね」
アルトは静かに呟いた。
魔王軍。
諜報部。
そして幹部。
魔界スキル商店の影響は。
ついに魔界の中枢へ届こうとしていた。




