第41話 諜報魔族と追跡③
魔王城での会議から数日後。
諜報魔族ガルムは、魔界西部の荒野を歩いていた。
風が吹く。
赤黒い砂が舞う。
生命の気配はほとんどない。
旅人が好んで通る場所ではなかった。
だが。
ガルムには確信があった。
「近いな」
彼は立ち止まり、周囲を見回す。
何もない。
岩山。
荒野。
乾いた大地。
それだけだ。
しかし。
最近になって感じるようになった違和感があった。
◆
最初は偶然だと思っていた。
だが。
何度も同じ現象が起きる。
店の情報を追っている時だけ。
不自然なほど道に迷わないのだ。
普段なら選ばない道を選ぶ。
休憩場所を変える。
進路を変更する。
そして気付けば。
調査対象に近付いている。
まるで。
誰かが道を示しているように。
◆
「面白い」
ガルムは笑う。
普通の諜報員なら気味悪がるだろう。
しかし。
彼は違う。
未知を追うことに喜びを感じる性格だった。
だからこそ。
魔王軍最強の諜報員になれた。
「隠れる気がないのか」
「それとも」
「探している者だけを導いているのか」
◆
歩き続ける。
そして。
夕方になった頃。
ガルムは再び足を止めた。
違和感。
今までで最も強い。
目の前には岩壁しかない。
行き止まり。
誰が見てもそう見える。
しかし。
ガルムの勘が告げていた。
違う、と。
◆
彼はゆっくりと前へ進む。
岩壁へ手を伸ばす。
触れた瞬間。
景色が揺らいだ。
水面に石を投げ込んだような波紋。
そして。
目の前の世界が変わる。
◆
そこには。
一軒の店があった。
「……」
ガルムはしばらく言葉を失う。
豪華ではない。
巨大でもない。
王城と比べれば、あまりにも小さい。
だが。
存在感だけは異様だった。
何故なら。
そこにあるはずがないからだ。
◆
古びた看板。
静かな建物。
店先の小さな花壇。
まるで普通の商店。
しかし。
ここは魔界の荒野のど真ん中だ。
誰がこんな場所で商売をする。
誰が客として来る。
常識で考えれば成立しない。
だからこそ。
ガルムは理解した。
「見つけたぞ」
魔界スキル商店。
◆
ガルムは慎重に観察する。
罠はない。
敵意も感じない。
魔法反応も不自然なほど少ない。
普通なら逆に怪しい。
だが。
不思議と危険な印象はなかった。
「さて」
ガルムは扉を見る。
ここから先は未知だ。
何が起きるか分からない。
しかし。
引き返すという選択肢は存在しない。
◆
扉を開く。
カラン。
鈴が鳴った。
その音はどこか心地よかった。
店内は静かだった。
棚には無数の結晶が並んでいる。
色も形も様々。
そして。
その奥。
一人の男が立っていた。
◆
「いらっしゃいませ」
穏やかな声。
まるで以前から来ることを知っていたような口調だった。
ガルムは男を見る。
若い。
少なくとも外見だけなら。
だが。
普通ではない。
長年諜報員をしてきた勘が告げる。
目の前の男は危険ではない。
しかし。
底が見えない。
◆
「あなたが店主か」
ガルムは尋ねた。
「はい」
男は微笑む。
「魔界スキル商店へようこそ」
「私はアルトと申します」
◆
ガルムは周囲を見る。
商品。
店内の配置。
出口。
窓。
習慣的に確認する。
そして気付く。
どこを見ても普通だ。
普通すぎる。
それが異常だった。
◆
「俺を知っているか?」
ガルムは聞いた。
「ガルム様ですね」
即答だった。
「魔王軍諜報部所属」
「現在は当店の調査中」
「優秀な諜報員として有名です」
ガルムの目が細くなる。
「調べたのか」
「いいえ」
アルトは首を横に振った。
「お客様のことは、ある程度分かります」
◆
説明になっていない。
だが。
嘘をついているようにも見えない。
ガルムは困惑する。
尋問。
交渉。
脅迫。
そうした駆け引きには慣れている。
しかし。
目の前の男はそのどれにも当てはまらない。
◆
「一つ確認したい」
ガルムは言う。
「お前は本当にスキルを売っているのか?」
「はい」
「なぜだ」
アルトは少し考えた。
そして。
当然のように答える。
「商人だからです」
◆
ガルムは思わず黙った。
野望でもない。
陰謀でもない。
支配でもない。
返ってきた答えはあまりにも単純だった。
◆
「……変な男だな」
「よく言われます」
アルトは微笑む。
その言葉に。
ガルムは初めて小さく笑った。
◆
その時だった。
アルトが棚へ向かう。
そして。
一つの結晶を取り出した。
「ところで」
アルトが言う。
「調査は順調でしたか?」
「何?」
「お客様は探し物が得意です」
結晶が淡く光る。
「ですので」
「こちらの商品は、相性が良いかもしれません」
◆
ガルムの視線が結晶へ向く。
その中に浮かんでいた文字。
【真実看破】
◆
諜報員として生きてきた男が。
初めて。
心の底から興味を抱いた瞬間だった。




