第40話 諜報魔族と追跡②
魔王城。
魔界の中心にそびえ立つ巨大な城。
無数の魔族たちにとって憧れであり、畏怖の対象でもある場所だった。
その城の一室。
普段は上級幹部しか入ることを許されない会議室で、一つの議題が話し合われていた。
「魔界スキル商店について、改めて報告を」
重厚な机の奥。
魔王軍幹部の一人が口を開く。
報告役はガルムではない。
ガルムの上司にあたる諜報部長だった。
机の上には大量の資料が並べられている。
ゴブリン。
サキュバス。
スライム。
レオン。
ヴァルド。
そして、その周辺人物の調査結果。
数か月前なら誰も見向きもしなかった資料だ。
だが今は違う。
◆
「まずゴブリンの件です」
資料がめくられる。
「小規模集落の一員だった個体が、短期間で集落運営能力を獲得」
「現在は複数の集落をまとめる立場にあります」
一人の幹部が眉をひそめる。
「ゴブリンだぞ?」
「はい」
「あり得るのか」
「通常なら」
諜報部長は答える。
「あり得ません」
◆
次の資料。
サキュバス。
スライム。
人間。
そしてヴァルド。
一つずつ説明が続く。
部屋の空気が変わっていく。
最初は懐疑的だった幹部たちも、次第に笑わなくなっていた。
なぜなら。
全員が変化しているからだ。
しかも。
同じ方向ではない。
強くなった者もいる。
賢くなった者もいる。
人生を変えた者もいる。
まるで。
それぞれに最適な何かを与えられたように。
◆
「結論を言います」
諜報部長が資料を閉じる。
「この店は実在する可能性が極めて高い」
会議室が静まり返る。
誰も反論しない。
ここまで証拠が揃えば否定は難しい。
「問題は店主の目的だ」
武官の一人が腕を組む。
「魔王軍への敵対意思はあるのか」
「不明です」
「人間側との繋がりは?」
「確認できません」
「背後組織は?」
「不明です」
◆
不明。
不明。
不明。
そればかりだった。
だが。
一つだけ確かなことがある。
「店主は力を売っている」
諜報部長が言う。
「そして、その力は本物です」
◆
会議が続く。
討伐するべきか。
監視するべきか。
接触するべきか。
意見は割れた。
武官たちは危険視する。
「力を売る存在など制御できない」
「放置すれば勢力図が崩れる」
「今のうちに排除するべきだ」
一方で文官たちは反対する。
「利益が大きすぎる」
「敵に回す理由がない」
「むしろ協力関係を築くべきだ」
◆
議論は平行線だった。
その時。
今まで黙っていた一人の女性が口を開いた。
「一つ聞きたい」
全員の視線が向く。
彼女は魔王軍幹部の一人だった。
若く見える。
だが実際には長い年月を生きている。
鋭い金色の瞳。
冷静な性格で知られていた。
「この店は客を選ぶのですか?」
諜報部長は頷く。
「その可能性があります」
「なら」
彼女は資料を見ながら続ける。
「少なくとも現時点で敵意はないのでしょう」
◆
理由は単純だった。
もし本当に世界を混乱させたいなら。
もっと危険な相手に力を売ればいい。
犯罪者。
狂人。
反乱軍。
そうした存在に。
だが。
確認されている客は違う。
皆、自分の願いを叶えるために力を求めている。
そこに悪意は見えない。
◆
「興味深いですね」
女性幹部は小さく笑った。
「まるで商人です」
その言葉に。
数人が苦笑する。
確かにそうだった。
今のところ店主は。
何かを支配しようとしているわけでもない。
革命を起こそうとしているわけでもない。
ただ。
商品を売っているだけなのだ。
◆
会議が終わりに近付いた頃。
最後の報告が行われる。
「ガルムが引き続き調査を行います」
諜報部長が言う。
「すでに接触寸前まで来ています」
「成功率は?」
「高いと思われます」
◆
会議が終了する。
幹部たちは次々と部屋を後にする。
だが。
先ほどの女性幹部だけは席を立たなかった。
机の上に残された資料を見る。
魔界スキル商店。
不思議な名前だ。
そして。
不思議な店主。
◆
彼女は一枚の資料を手に取る。
ヴァルドの記録。
その急激な成長が記されている。
「進化、ですか」
興味が湧く。
純粋に。
知りたくなった。
自分なら。
どんなスキルを勧められるのだろうか。
◆
その頃。
魔界スキル商店。
アルトは棚の商品を整理していた。
いつも通りの仕事。
いつも通りの静かな時間。
しかし。
帳簿には新しい文字が浮かんでいる。
【諜報魔族 ガルム】
【到達確率 91%】
そして。
その下には別の名前。
【魔王軍幹部 セレナ】
【興味発生】
アルトは少しだけ目を細めた。
「珍しいですね」
客はまだ来ていない。
だが。
確実に店へ向かう運命が動き始めている。
諜報員。
そして魔王軍幹部。
二人の出会いは。
魔界スキル商店にとって新しい転機になろうとしていた。




