第39話 諜報魔族と追跡①
魔界北部へ向かう街道。
一人の魔族が歩いていた。
ガルム。
魔王軍諜報部所属。
戦場で武功を立てる将軍ではない。
伝説級の魔法を使う大魔導士でもない。
だが。
魔王軍の上層部では有名な存在だった。
「ガルムが調べて分からないものはない」
そう言われるほどの情報収集能力を持っている。
そして今。
彼が追っているのは一つ。
魔界スキル商店だった。
◆
「面白い」
歩きながら資料を確認する。
ゴブリン。
サキュバス。
スライム。
人間の冒険者レオン。
上級魔族ヴァルド。
全員が店を訪れたと推測されている。
そして。
全員が人生を変えている。
ここまではいい。
問題はその後だった。
誰一人として。
店の場所を説明できない。
◆
ガルムは何人もの関係者に話を聞いた。
ヴァルドの部下。
ゴブリンの仲間。
噂を聞いた商人。
旅人。
酒場の店主。
しかし。
返ってくる答えは曖昧だった。
「森の奥だった気がする」
「山の近くだった」
「気付いたら辿り着いていた」
「帰る時には場所が分からなくなった」
どれも信用できない。
だが。
逆に考えれば。
全員が同じ傾向の証言をしている。
つまり。
何らかの魔法が働いている。
◆
「隠蔽結界か?」
ガルムは考える。
だが違う。
普通の結界なら痕跡が残る。
魔王軍にも優秀な魔法使いはいる。
調査できる。
しかし。
今回のケースは異質だった。
まるで。
存在そのものが曖昧になっている。
「興味深いな」
◆
その日の夜。
ガルムは街の宿に泊まった。
部屋に入る。
鍵を掛ける。
窓を閉める。
そして。
魔法陣を展開した。
諜報員としての習慣だった。
盗聴。
監視。
侵入。
全てを防ぐ。
準備を終えてから椅子に座る。
そして。
ヴァルドの資料を開いた。
◆
最も気になるのは彼だった。
他の客も変化している。
だが。
ヴァルドだけは規模が違う。
元々強かった。
元々優秀だった。
だからこそ分かる。
変化の異常さが。
「進化、か」
噂によれば。
彼は何か新しい力を得たらしい。
具体的な内容は不明。
しかし。
実際の戦闘記録を見る限り。
単純な能力向上ではない。
観察力。
分析力。
判断力。
経験から学ぶ速度。
全てが向上している。
◆
ガルムは資料を閉じる。
そして。
ふと窓の外を見る。
夜空が広がっていた。
魔界の月。
赤黒い光が地上を照らしている。
「もし本当に存在するなら」
ガルムは呟く。
「魔界の勢力図を変えるな」
◆
スキル。
それは本来。
生まれ持った才能。
あるいは長い年月をかけて習得する技術。
それを売る。
そんなことが可能なら。
貴族も。
将軍も。
英雄も。
全ての価値観が変わる。
だからこそ。
魔王軍は調べる必要があった。
敵か。
味方か。
危険か。
有益か。
判断しなければならない。
◆
翌日。
ガルムはさらに調査を進めた。
そして。
ある共通点を見つける。
店を利用した者たちは。
全員がある時期に姿を消している。
期間は数時間から半日。
その間の記憶が曖昧なのだ。
◆
「なるほど」
ガルムは笑う。
ようやく糸口が見えた。
店を探すのではない。
店に選ばれなければならないのだ。
普通の店ではない。
目的地として探しても辿り着けない。
条件を満たした者だけが辿り着く。
そう考えれば全て説明できる。
◆
その頃。
魔界スキル商店。
アルトは帳簿を確認していた。
新たな文字が浮かんでいる。
【諜報魔族 ガルム】
【到達確率 上昇】
「もうすぐですか」
アルトは呟く。
ガルムは客ではない。
少なくとも本人はそう思っている。
調査対象。
監視対象。
それが彼の認識だ。
しかし。
アルトには別の見方があった。
◆
「力を求める理由に善悪はありません」
アルトは静かに紅茶を飲む。
ゴブリンは生き残るためだった。
サキュバスは居場所を得るためだった。
レオンは未来を変えるためだった。
ヴァルドは限界を超えるためだった。
そして。
ガルムもまた。
何かを求めている。
だから帳簿に名前が現れた。
◆
その時だった。
店の扉についた鈴が鳴る。
カラン。
アルトが顔を上げる。
しかし。
そこに客はいない。
風も吹いていない。
扉も開いていない。
不思議な現象だった。
だが。
アルトは驚かない。
帳簿を見る。
新しい文字。
【魔王軍、動き出す】
◆
同じ頃。
魔王城。
巨大な玉座の間ではない。
その奥にある会議室。
数名の幹部が集められていた。
議題は一つ。
最近魔界で噂になっている存在。
「魔界スキル商店」
そして。
ガルムから送られてきた調査報告。
「馬鹿げている」
一人の幹部が鼻で笑う。
「スキルを売る店などあるものか」
しかし。
別の幹部は資料を見つめていた。
ゴブリン。
サキュバス。
スライム。
ヴァルド。
全員の変化が記録されている。
偶然では片付けられない。
「もし本当なら」
誰かが呟く。
会議室が静まり返る。
「魔王軍でも無視できない存在になる」
◆
魔界スキル商店。
アルトは静かに帳簿を閉じた。
客はまだ来ない。
だが。
確実に近付いている。
これまでは個人の人生を変える店だった。
しかし。
今やその影響は魔王軍にまで届こうとしていた。
そして。
その変化はまだ始まったばかりだった。




