第38話 上級魔族と進化⑥
魔界の都市。
上級魔族たちが集う巨大都市の一角に、その男はいた。
名はガルム。
魔王軍直属の諜報部隊に所属する魔族だった。
戦闘能力は決して高くない。
しかし。
情報収集能力においては魔界でも指折りの存在だった。
彼の前には大量の資料が積まれている。
ゴブリン。
サキュバス。
スライム。
人間の冒険者。
そしてヴァルド。
一見すると何の繋がりもない者たち。
種族も違う。
住む場所も違う。
立場も違う。
だが。
ガルムには見えていた。
一本の線が。
◆
「面白い」
ガルムは資料をめくる。
ゴブリンは集落を発展させた。
サキュバスは新しい生き方を見つけた。
スライムは予想外の進化を遂げた。
人間の冒険者は急成長を始めた。
そしてヴァルド。
上級魔族でありながら、今も成長を続けている。
全員に共通するもの。
それは。
「転機」だった。
ある日を境に。
人生が大きく変わっている。
偶然にしては出来すぎている。
◆
「魔界スキル商店か」
ガルムは小さく笑う。
最初は都市伝説だと思っていた。
力を売る店。
そんなものが存在するはずがない。
だが。
調べるほど奇妙な証言が増える。
誰も場所を説明できない。
誰も店主の素性を知らない。
それなのに。
実際に利用した者は存在する。
しかも。
全員が何らかの成果を出している。
「調査する価値はあるな」
◆
一方その頃。
ヴァルドは領地の森を歩いていた。
最近は意識的に実戦経験を増やしている。
進化の効果を理解するためだ。
強敵と戦う。
未知の環境に身を置く。
新しい知識を得る。
そうするたびに。
進化は少しずつ成長していく。
最初は偶然だと思っていた。
しかし今は違う。
確信していた。
【進化】は経験を糧にするスキルなのだと。
◆
森の奥。
突如として気配を感じる。
ヴァルドは足を止めた。
「出てこい」
沈黙。
しかし次の瞬間。
木々の間から三つの影が現れる。
全員が武装している。
そして。
魔力も強い。
普通の盗賊ではない。
「よく気付いたな」
先頭の男が笑う。
「誰だ」
「お前に興味がある者たちさ」
◆
ヴァルドは相手を観察する。
三人。
連携を前提にした装備。
暗殺向けの魔道具。
そして。
訓練された動き。
ただの山賊ではない。
誰かに雇われている。
「捕まえろとの依頼だ」
男が言った。
「大人しく来るなら痛い目は見ない」
「断る」
即答だった。
◆
戦闘が始まる。
三人が同時に動く。
以前なら苦戦しただろう。
だが今のヴァルドは違う。
相手の癖が見える。
呼吸が見える。
重心が見える。
そして。
戦闘が始まった瞬間から。
進化が始まっている。
◆
一人目。
背後から短剣を突き出す。
ヴァルドは振り向かない。
半歩だけ移動する。
短剣が空を切る。
そのまま肘打ち。
男が吹き飛ぶ。
二人目。
拘束魔法。
鎖が地面から飛び出す。
ヴァルドは魔力を流す。
鎖の弱点を見抜き、最小限の力で破壊する。
三人目。
強力な火炎魔法。
しかし。
発動前に術式の歪みを見抜く。
一歩踏み込む。
そして魔法が完成する前に無力化する。
◆
戦闘時間。
わずか数十秒。
三人は地面に転がっていた。
ヴァルドは息一つ乱していない。
「ば、化け物……」
男が震える。
しかし。
ヴァルドは首を振った。
「違う」
本当に化け物なら。
力で押し潰していた。
今は違う。
相手を理解しただけだ。
そして。
理解する速度が異常になっている。
◆
その瞬間だった。
頭の中に何かが流れ込む。
視界が変わる。
世界がより鮮明になる。
風。
音。
魔力。
全ての情報が整理される。
「これは……」
進化。
また一段階進んだのだ。
◆
同じ頃。
魔界スキル商店。
アルトは契約帳簿を眺めていた。
【進化】
契約者:ヴァルド
状態:第三段階発現
「早いですね」
アルトは珍しく感心する。
普通の契約者はここまで急成長しない。
だが。
ヴァルドは違う。
成長のために成長している。
進化というスキルとの相性が極めて良かった。
◆
その時。
帳簿の別のページが光る。
アルトは視線を移した。
そこには。
新しい文字が浮かんでいた。
【魔界スキル商店の調査開始】
【調査者:ガルム】
「……」
アルトは少しだけ目を細める。
客ではない。
店を探している者。
今までも噂は広がっていた。
だが。
ここまで本格的な調査は初めてだった。
◆
アルトは静かに帳簿を閉じる。
「さて」
店内を見回す。
商品は揃っている。
掃除も終わっている。
いつも通りの店だ。
だから。
やることも変わらない。
「お客様なら歓迎します」
アルトはそう呟く。
相手が誰であろうと。
力を求める者であるなら。
魔界スキル商店の扉は開かれる。
その頃。
ガルムは旅支度を整えていた。
彼はまだ知らない。
自分が追いかけている店が。
すでに自分のことを把握していることを。
そして。
その調査が。
魔界全体を巻き込む大きな変化の始まりになることを。




