第37話 上級魔族と進化⑤
ヴァルドの名は、少しずつ魔界に広がり始めていた。
もともと名門の上級魔族として知られていた。
才能があることも有名だった。
しかし。
最近の評価はそれだけではない。
「成長が止まらない」
そんな噂が広まっていた。
訓練場で三人の上級魔族を相手に勝利した話。
鉱山の魔獣を一撃で仕留めた話。
古代魔法の研究を急速に進めている話。
どれも誇張が混じっていたが、事実も含まれていた。
そして何より奇妙なのは。
ヴァルド自身の魔力量が大きく増えているわけではないことだった。
普通なら理解できない。
魔力が増えたから強くなった。
新しい魔法を覚えたから強くなった。
そうなら納得できる。
だがヴァルドは違う。
同じ力を持ちながら。
以前より遥かに強くなっていた。
◆
その日。
ヴァルドは一族の依頼を受けていた。
魔界北部。
黒岩山脈。
強力な魔獣が出現したという報告があったのだ。
現地へ到着した時。
すでに討伐隊が集まっていた。
「ヴァルド様」
隊長格の魔族が頭を下げる。
「状況は?」
「山脈の洞窟に居座っています」
「種類は?」
「不明です」
ヴァルドは眉をひそめた。
不明。
それは珍しい。
魔界では多くの魔獣が分類されている。
それなのに正体が分からない。
それだけで厄介さが伝わってくる。
◆
洞窟の奥へ進む。
空気が重い。
魔力が濃い。
周囲の魔族たちも緊張していた。
やがて。
巨大な影が現れる。
「……なんだ、あれは」
誰かが呟いた。
全長十メートルを超える巨体。
漆黒の鱗。
四本の角。
そして異様なほど濃密な魔力。
上位魔獣。
いや。
それ以上だった。
◆
魔獣が咆哮を上げる。
衝撃波だけで周囲の岩壁が砕ける。
討伐隊が動く。
魔法が放たれる。
剣が振るわれる。
しかし。
ほとんど効かない。
鱗が硬すぎる。
魔力障壁も厚い。
「まずい!」
一人の魔族が吹き飛ばされる。
さらに別の魔族が負傷する。
戦況は一気に悪化した。
◆
その時。
ヴァルドは動かなかった。
じっと魔獣を見ていた。
以前なら。
すぐに攻撃していただろう。
だが今は違う。
見る。
観察する。
分析する。
進化によって得た感覚が働く。
魔力の流れ。
筋肉の動き。
呼吸。
体温。
全てが情報として頭へ入ってくる。
そして。
見つけた。
◆
「そういうことか」
ヴァルドは呟く。
魔獣の身体には異常があった。
魔力が循環していない。
いや。
循環しすぎている。
通常ではありえない流れ。
まるで。
無理やり力を増幅されているようだった。
「暴走個体か」
その瞬間。
全てが繋がった。
この魔獣は強いのではない。
壊れているのだ。
◆
ヴァルドは前へ出る。
魔獣が気付く。
咆哮。
突進。
地面が砕ける。
討伐隊が悲鳴を上げる。
しかし。
ヴァルドは避けた。
最小限の動きで。
魔獣の横を抜ける。
そして。
魔力を集中させた。
巨大な魔法ではない。
派手な技でもない。
指先ほどの小さな魔力弾。
だが。
狙いは一点。
暴走した魔力循環の中心。
◆
放つ。
一瞬だった。
魔力弾が吸い込まれるように命中する。
次の瞬間。
魔獣の身体が震えた。
咆哮。
絶叫。
そして。
暴走していた魔力が一気に崩壊する。
巨大な身体が揺れる。
倒れる。
静寂。
◆
誰も理解できなかった。
なぜ倒れたのか。
強大な魔法でもない。
必殺技でもない。
それなのに。
最強の一撃より効率よく勝負が決まった。
◆
「またか……」
討伐隊の隊長が呟く。
最近のヴァルドはいつもそうだ。
誰も思いつかない方法で勝つ。
誰も見抜けない弱点を見抜く。
才能だけでは説明できない。
まるで。
戦うたびに別の生き物へ進化しているようだった。
◆
討伐後。
一族の本拠地へ戻ったヴァルドは、父親に呼び出された。
巨大な執務室。
その中央に当主が座っている。
「最近の働きは見事だ」
低い声が響く。
「ありがとうございます」
「だが、一つ聞きたい」
父親の視線が鋭くなる。
「お前は何をした?」
ヴァルドは黙った。
「急激な成長」
「異常な戦闘能力」
「説明できない変化」
父親は続ける。
「何か理由があるのではないか?」
◆
ヴァルドは考えた。
魔界スキル商店のことを話すべきか。
話さないべきか。
少し前なら迷っただろう。
しかし今は違う。
進化によって。
物事を冷静に見られるようになっていた。
「あります」
父親の目が細くなる。
「ほう」
「ですが、まだ話せません」
部屋が静まり返る。
当主に対して秘密を持つ。
本来なら許されない。
だが。
父親は怒らなかった。
◆
しばらくして。
ふっと笑った。
「そうか」
意外な反応だった。
「ならば聞かん」
ヴァルドは驚く。
「よろしいのですか?」
「お前の目を見れば分かる」
当主は立ち上がる。
「以前のお前は兄の影を追っていた」
「今のお前は違う」
静かな声だった。
「ようやく自分の道を見つけたのだろう」
◆
その夜。
ヴァルドは一人で空を見上げていた。
進化は続いている。
少しずつ。
確実に。
自分を変えている。
そして。
彼はまだ知らない。
自分を調べている者たちが増えていることを。
魔界スキル商店の噂が。
思っている以上に広がり始めていることを。
◆
魔界のある都市。
薄暗い酒場の奥で、一人の男が報告書を読んでいた。
「ヴァルド」
男は名前を呟く。
「上級魔族にしては面白い変化だな」
机の上には複数の資料。
ゴブリン。
サキュバス。
スライム。
そしてヴァルド。
共通点は一つ。
全員が。
ある時期を境に人生を変えていた。
男はゆっくり笑う。
「見つけたぞ」
その視線の先には。
『魔界スキル商店』
という文字が記されていた。
新たな客ではない。
新たな追跡者が。
動き始めていた。




