第35話 上級魔族と進化③
魔界スキル商店を後にしたヴァルドは、自らの領地へ戻っていた。
帰路の途中も、彼は何度も自分の身体の状態を確かめた。
魔力を循環させる。
魔法を発動する。
身体能力を高める。
しかし。
何も変わっていないように思えた。
魔力量は以前と同じ。
魔法の威力も同じ。
身体能力も変わらない。
「……失敗だったか?」
そんな考えが頭をよぎる。
だが。
すぐに首を振った。
あの店主は嘘をついているようには見えなかった。
それに。
契約の瞬間に感じた変化は確かにあった。
兄への執着。
長年抱き続けていた感情が、不思議なほど薄れている。
兄を嫌いになったわけではない。
尊敬もしている。
だが。
以前のように「兄を超えなければならない」という強迫観念が消えていた。
それだけでも、代価は支払われたのだろう。
「なら、もう少し様子を見るか」
ヴァルドは空を見上げた。
焦る必要はない。
そう思えたこと自体が、以前とは違っていた。
◆
数日後。
ヴァルドは一族の訓練場を訪れていた。
巨大な石造りの施設。
上級魔族たちが腕を磨く場所だ。
いつものように訓練を始める。
炎魔法。
風魔法。
身体強化。
基本的な訓練を一通りこなす。
そこで違和感に気付いた。
「……ん?」
魔力の流れが見える。
いや。
正確には以前から感じていた。
だが。
今までより鮮明だった。
自分の体内を巡る魔力。
放出される魔力。
周囲に漂う魔力。
その全てが理解できる。
まるで。
複雑な文字を突然読めるようになったような感覚だった。
◆
訓練を終えた後。
ヴァルドは一人で考え込む。
進化。
アルトはそう言った。
新しい可能性への変化。
もしこれが進化の効果なら。
単純な能力上昇ではない。
見えなかったものが見える。
理解できなかったものが理解できる。
そういう変化だ。
「……面白い」
ヴァルドは小さく笑う。
久しぶりだった。
強くなることに対して。
純粋な興味を抱いたのは。
◆
その翌日。
事件は起きた。
一族が管理する鉱山地帯で魔獣が暴れたのだ。
巨大な四足獣。
岩石を纏った魔獣。
並の兵士では歯が立たない。
報告を受けたヴァルドは現場へ向かった。
到着した時には、すでに数人が負傷していた。
「ヴァルド様!」
「被害は?」
「死者はいません! ですが討伐隊が押されています!」
ヴァルドは前を見る。
巨大な魔獣が咆哮を上げていた。
強い。
確かに強い。
だが。
以前の自分なら。
正面から力で押し切ろうとしていただろう。
◆
魔獣が突進する。
地面が揺れる。
兵士たちが慌てて退避する。
その瞬間。
ヴァルドの目に奇妙なものが映った。
魔力の流れ。
魔獣の体内を巡る魔力。
その一部だけが異常に濃い。
まるで心臓のように。
全身へ力を送っている場所。
「……そこか」
ヴァルドは低く呟いた。
自分でも理由は分からない。
だが。
そこが弱点だと理解できた。
◆
炎の槍を生み出す。
巨大な魔法ではない。
むしろ普段より小さい。
しかし。
魔力の密度を極限まで高める。
狙う場所は一つ。
魔獣が再び突進した瞬間。
ヴァルドは槍を放った。
轟音。
炎が走る。
次の瞬間。
魔獣の動きが止まった。
咆哮が途切れる。
巨体が揺れる。
そして。
そのまま崩れ落ちた。
◆
周囲が静まり返る。
誰も理解できなかった。
なぜ倒せたのか。
兵士たちは驚いた顔でヴァルドを見る。
「す、すごい……」
「一撃で……」
「さすがヴァルド様だ……!」
歓声が上がる。
しかし。
ヴァルド自身が一番驚いていた。
今までなら。
あれほど簡単には倒せなかった。
魔力を大量に消費し。
長時間戦っていたはずだ。
だが。
今回は違う。
「見えた……」
弱点が。
魔力の流れが。
戦うための最適解が。
◆
その夜。
ヴァルドは一人で考えていた。
進化の効果が分かった気がした。
力が増えたわけではない。
魔力が倍になったわけでもない。
だが。
世界の見え方が変わっている。
今までと同じ景色なのに。
そこから得られる情報量が違う。
「なるほどな……」
ヴァルドは笑う。
これなら。
確かに限界を超えられるかもしれない。
才能を積み上げるのではない。
才能そのものの使い方を変える。
それが進化。
アルトが売ったスキルの正体だった。
◆
その頃。
魔界スキル商店。
契約記録の文字が淡く輝く。
【進化】
契約者:ヴァルド
状態:第一段階発現
アルトは記録を見て、小さく頷いた。
「順調ですね」
進化とは。
完成された力を与えるスキルではない。
契約者自身が変化し続けるスキル。
だからこそ。
その価値は誰にも予測できない。
ヴァルドの進化は。
まだ始まったばかりだった。




