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『ようこそ魔界スキル商店へ』  作者: もかどら


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第33話 上級魔族と進化①

魔界の片隅。


地図にも記されていない場所に、一軒の小さな店が存在していた。


古びた木製の扉。


控えめな看板。


しかし、その店を訪れた者だけは知っている。


そこには。


普通では手に入らない力が並んでいることを。


魔界スキル商店。


その扉の前に、一人の魔族が立っていた。


「……ここか」


男は静かに呟く。


黒い髪。


鋭い目。


整った顔立ち。


身に纏う服も、一般的な魔族とは明らかに違う。


名門魔族。


上級魔族ヴァルド。


彼は生まれた瞬間から、特別な存在だった。



ヴァルドが生まれた時。


一族は歓喜した。


「素晴らしい魔力だ」


「これほどの才能は数十年ぶりだ」


「将来、魔界を背負う存在になる」


幼い頃から。


周囲の期待は大きかった。


魔法を学べば、すぐに使えた。


剣を握れば、才能を発揮した。


同年代の魔族では相手にならなかった。


努力をすれば伸びる。


伸びれば認められる。


ヴァルドの人生は、順調そのものだった。


だが。


その順調な人生には、常に一人の存在がいた。


兄だった。


兄はヴァルドより五歳年上。


そして。


誰もが認める天才だった。


幼いヴァルドは兄に憧れていた。


兄の背中を追いかけた。


魔法を覚えたのも。


剣を振ったのも。


兄のようになりたかったからだ。


兄は優しかった。


訓練で失敗しても笑わなかった。


魔法が上手くいけば褒めてくれた。


「お前は才能がある」


「きっと俺より強くなる」


そう言ってくれた。


だから。


ヴァルドは信じていた。


兄は無敵だと。


才能があれば。


誰にも負けないのだと。



その幻想が壊れたのは。


ヴァルドが十五歳の時だった。


兄は一族の代表として決闘に臨んだ。


相手は有名な戦士だったが。


才能だけを比べれば兄の方が上だった。


誰もが兄の勝利を疑わなかった。


ヴァルドもそうだった。


しかし。


結果は敗北。


兄は地面に倒れた。


観客席から見ていたヴァルドは理解できなかった。


なぜ負けたのか。


兄の方が強かったはずだ。


兄の方が才能があったはずだ。


だが。


現実は違った。


相手は兄より魔力が低かった。


身体能力も劣っていた。


それでも勝った。


経験。


判断。


そして。


特殊なスキル。


積み重ねてきたものの差だった。


試合後。


兄は悔しそうに笑った。


「才能だけじゃ駄目だったな」


その言葉が。


ヴァルドの胸に深く刺さった。



それから数年。


ヴァルドは兄以上を目指して努力した。


魔法を磨いた。


剣を学んだ。


知識も身につけた。


だが。


ある地点から先へ進めなくなった。


訓練をしても。


以前ほど伸びない。


新しい魔法を覚えても。


劇的な変化はない。


周囲は称賛する。


だが。


自分だけは分かっていた。


成長が鈍っている。


限界が近い。


兄もきっと。


同じ景色を見ていたのだろう。


才能に恵まれながら。


その先へ進めない苦しみ。


ヴァルドは初めて兄の気持ちを理解した。


そして。


恐ろしくなった。


もし自分も。


兄と同じ場所で立ち止まるのなら。


もし自分も。


才能の限界に閉じ込められるのなら。


何のために努力してきたのか。



訓練場。


ヴァルドは一人、魔法を放っていた。


巨大な炎が空を焼く。


標的は一瞬で消滅する。


周囲から歓声が上がる。


「さすがヴァルド様です」


「圧倒的な魔力ですね」


「これほどの力なら、魔王軍でも上位に行けるでしょう」


称賛の声。


昔なら嬉しかった。


しかし。


今は違う。


その言葉が空虚に聞こえる。


彼らは知らない。


自分がどれだけ焦っているか。


どれだけ恐れているか。


ヴァルドは拳を握る。


「……違う」


周囲が静まる。


「まだ足りない」


誰も理解できなかった。


すでに十分すぎる力を持っている。


魔族の中でも上位。


それなのに。


本人だけは満足していなかった。


いや。


満足できなかった。


兄の敗北を知っているから。


才能だけでは届かないことを知っているから。



だから。


噂を聞いた時。


最初は笑った。


スキルを売る店。


そんなものがあるはずがない。


力とは。


生まれ持ったもの。


鍛えて得るもの。


金で買うものではない。


そう思っていた。


だが。


心のどこかで期待していた。


もし本当なら。


もし才能の先へ進めるなら。


もし兄が届かなかった場所へ行けるなら。


調べるほど。


噂は消えなかった。


最弱種と呼ばれるゴブリンが変わった。


サキュバスが新しい可能性を得た。


そして。


一人の人間が。


才能がないと言われながら成長している。


「……」


ヴァルドは店の扉を見る。


認めたくなかった。


自分には才能がある。


努力もしてきた。


それでも。


足りない。


もっと上へ行きたい。


兄を超えたい。


限界を超えたい。


その願いは。


いつしか執念に変わっていた。


だから。


扉を開いた。



「いらっしゃいませ」


店内に入ると。


一人の男が迎えた。


アルト。


店主。


ヴァルドは周囲を見る。


棚に並ぶ無数の結晶。


そのどれもが。


普通ではない気配を持っている。


「ここが……」


「魔界スキル商店です」


アルトは答える。


「お客様の望む力を提供しています」


ヴァルドはアルトを見る。


「俺は強い」


突然の言葉。


アルトは黙って聞く。


「生まれた時から才能があった」


「何もしなくても期待された」


「欲しいものは、ほとんど手に入った」


ヴァルドは自分の手を見る。


その手は多くの者が羨む力を持っている。


だが。


その力では届かない場所がある。


「兄がいた」


ヴァルドはぽつりと呟いた。


「俺より優秀だった」


「誰よりも才能があった」


「それでも負けた」


静かな店内に声が響く。


「俺はあの時から怖かった」


「どれだけ努力しても、いつか同じ壁にぶつかるんじゃないかと」


拳が震える。


怒りではない。


恐怖だった。


「だが」


ヴァルドは顔を上げる。


「俺には足りないものがある」


アルトは尋ねる。


「それは?」


ヴァルドは答えた。


「今の自分を超える力だ」



アルトは棚を見る。


そして。


一つの結晶を取り出した。


「こちらはいかがでしょう」


ヴァルドが見る。


結晶の中に文字が浮かぶ。


【進化】


「進化……」


「はい」


アルトは説明する。


「現在の能力を単純に強化するものではありません」


「自身の限界を超え、新しい可能性へ変化する力です」


その言葉を聞いた瞬間。


ヴァルドの胸が大きく脈打った。


限界を超える。


まさに。


自分が求めていた言葉だった。


「いくらだ?」


ヴァルドは即座に尋ねた。


商人なら当然だ。


商品には値段がある。


アルトは微笑む。


「代金は金貨百枚です」


ヴァルドは眉一つ動かさない。


上級魔族である彼にとって、その程度の金額は問題ではなかった。


しかし。


アルトは続ける。


「ただし、それだけでは購入できません」


「……どういう意味だ?」


「この店の商品は、お金だけでは手に入らないのです」


アルトは静かに答える。


「金貨百枚に加え、お客様が最も価値を感じているものを代価としていただきます」


店内が静まり返る。


ヴァルドはアルトを見つめた。


「金だけでは足りない、と」


「はい」


アルトは頷く。


「お金は商売に必要です」


「ですが、スキルはお客様の人生そのものを変える商品ですので」


ヴァルドは黙った。


金貨百枚なら払える。


いや、千枚でも払える。


問題は。


もう一つの代価だった。


兄への憧れ。


名門としての誇り。


才能への自負。


自分を支えてきたものは数え切れない。


だからこそ。


失うことが怖かった。


だが。


それ以上に。


このまま立ち止まることの方が怖かった。



魔界スキル商店。


新しい契約が始まる。


人間は。


努力を選んだ。


上級魔族は。


進化を選ぶ。


正反対の二人。


しかし。


願いは同じだった。


今の自分を。


超えたい。


その願いが。


新たな変化を生み出そうとしていた。

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