第32話 魔界スキル商店の噂
魔界の片隅。
地図にも載らない場所に、一軒の小さな店があった。
古びた看板。
静かな店内。
並べられた無数の結晶。
そこが。
魔界スキル商店だった。
「……」
アルトは棚の商品を整理していた。
一つ一つの結晶を手に取り、状態を確認する。
炎を操る力。
身体能力を高める力。
感覚を強化する力。
そして。
まだ誰にも売られていない、完成したばかりの新しいスキル。
アルトにとって。
これらは全て商品だった。
特別なものではない。
必要とする者に。
必要な力を渡す。
ただ、それだけ。
「商売とは不思議なものですね」
アルトは一人で呟く。
店を始めた頃。
客など来るとは思っていなかった。
そもそも。
自分の作るスキルに価値があるのかも分からなかった。
しかし。
少しずつ。
客は増えていった。
最初の客。
ゴブリン。
弱い魔物として扱われていた存在。
しかし、知恵を得ることで新しい可能性を手に入れた。
次の客。
サキュバス。
持って生まれた能力だけでは生き残れないと悩んでいた魔族。
そして。
スライム。
誰も期待しない小さな存在だった。
だが、その小さな体には大きな可能性があった。
そして。
人間。
レオン。
「努力」
という、一見すると地味なスキルを選んだ青年。
アルトは契約記録を確認する。
そこには、購入した者たちの名前が記されていた。
契約後の詳細な行動を見ることはできない。
ただ。
大きな変化が起きた時。
記録が反応する。
それだけだった。
レオンの記録。
【努力】
状態:成長中。
アルトは静かに頷く。
「良い商品だったようですね」
それ以上でも。
それ以下でもない。
商人として。
商品が役立ったことを確認した。
ただ、それだけだった。
◆
しかし。
アルトが気付いていない場所で。
少しずつ変化は広がっていた。
魔界。
とある酒場。
数人の魔族が酒を飲みながら話している。
「最近、変な噂を聞いたぞ」
「またか?」
「今度は何だ」
一人の魔族が声を潜める。
「スキルを売る店があるらしい」
一瞬。
周囲が静かになる。
「スキルを?」
「そんなもの、生まれ持った才能だろ」
「買えるわけがない」
当然の反応だった。
魔族にとって。
力とは生まれつき決まるもの。
強者は強者として生まれる。
弱者は弱者として生きる。
それが当たり前だった。
「でも、本当にあるらしい」
噂を持ってきた魔族が続ける。
「弱い魔物が、その店の商品で変わったって話だ」
「誰だ?」
「ゴブリンだ」
その名前を聞いて。
全員が笑った。
「ゴブリン?」
「最弱種じゃないか」
「そんな奴が強くなったところで……」
しかし。
一人だけ笑わない魔族がいた。
「……」
彼は黙って酒を飲んでいた。
◆
その魔族は。
生まれながらに強かった。
高い魔力。
優れた身体能力。
周囲から期待される存在。
しかし。
本人だけは知っていた。
自分には。
越えられない壁があることを。
どれだけ努力しても。
どれだけ鍛えても。
才能のある者には届かない。
その苦しみを。
彼は誰より理解していた。
「もし……」
小さく呟く。
「本当に力を買えるなら」
握った拳に力が入る。
「俺は……」
その先の言葉は。
誰にも聞こえなかった。
◆
数日後。
魔界スキル商店。
アルトはいつものように店を開けていた。
客はまだ来ない。
それでも。
準備をする。
商品を並べる。
店内を整える。
商売とは。
客が来てから始まるものではない。
客を迎える準備をすることから始まる。
その時。
店の扉についた小さな鈴が鳴った。
「……」
アルトは顔を上げる。
久しぶりの来客。
扉の向こうに立っていたのは。
今まで訪れた客とは違う雰囲気を持つ魔族だった。
強者の気配。
しかし。
その表情には迷いがある。
「ここが……」
男は店内を見る。
「スキルを売る店か」
アルトは微笑む。
「いらっしゃいませ」
「魔界スキル商店へようこそ」
新たな取引が。
始まろうとしていた。




