第30話 人間と努力⑥
王都へ向かう街道を、一人の青年が歩いていた。
名はカイル。
レオンと同じ村で育ち、幼い頃から「天才」と呼ばれてきた男だった。
剣を握れば、初めて触れた武器とは思えないほど自然に扱えた。
魔法を学べば、周囲の同年代より遥かに早く魔力操作を覚えた。
十歳の頃には、村の大人たちから将来を期待されていた。
誰もが言った。
「お前は特別だ」
「きっと英雄になる」
「この村から凄い騎士が生まれる」
幼い頃のカイルは、その言葉を疑わなかった。
自分には才能がある。
努力すれば、さらに強くなれる。
そう信じていた。
実際、その通りだった。
剣の訓練をすれば上達した。
魔法の練習をすれば使えるようになった。
壁にぶつかることはあっても、その壁は他人よりずっと低かった。
だから。
カイルには理解できなかった。
レオンという存在が。
◆
村にいた頃。
レオンはいつも努力していた。
朝早く起きて剣を振る。
夜遅くまで魔法の勉強をする。
誰よりも真面目だった。
だが。
結果だけを見るなら、いつもカイルの方が上だった。
同じ時間練習しても。
同じ方法を試しても。
カイルの方が早く成長する。
周囲もそれを分かっていた。
「やっぱり才能が違うな」
「カイルは特別だ」
そんな言葉を何度も聞いた。
そのたびに、レオンは笑っていた。
悔しいはずなのに。
苦しいはずなのに。
「俺も頑張るよ」
いつもそう言っていた。
カイルは、その姿を見ていた。
そして。
少しだけ罪悪感があった。
自分は何もしなくても評価される。
レオンはどれだけ頑張っても追いつけない。
それが当たり前になっていた。
◆
だからこそ。
先日の再会は衝撃だった。
レオンが冒険者になったと聞いた時。
正直、驚いた。
冒険者になること自体ではない。
レオンが諦めずに進んでいたことに驚いた。
そして。
手合わせをした時。
さらに驚いた。
昔のレオンとは違った。
技術が急激に向上しているわけではない。
力が自分を超えているわけでもない。
しかし。
戦い方が変わっていた。
一つ一つの動きに意味がある。
無駄が少ない。
相手をよく見ている。
まるで。
何百回。
何千回。
失敗してきた人間の動きだった。
「……」
カイルは立ち止まる。
街道の脇にある岩へ腰を下ろした。
あの時。
レオンは言った。
『努力しただけだ』
その言葉が頭から離れない。
◆
才能がある者には。
見えないものがある。
カイルは初めて、それに気付いた。
自分は剣を振れば上達した。
魔法を使えば覚えられた。
だから。
失敗から学ぶという経験が少なかった。
間違えても。
すぐ修正できたから。
だが。
レオンは違った。
一つの技を覚えるために。
何十回も失敗した。
一匹の魔物を倒すために。
何度も負けた。
その全てを。
レオンは自分の中に残していた。
「……俺にはない強さだな」
カイルは小さく呟いた。
悔しさはあった。
自分が負けたこと。
昔は見下していた相手に届かなかったこと。
だが。
不思議と嫌な気持ちはなかった。
むしろ。
嬉しかった。
レオンがようやく報われたことが。
◆
数日後。
カイルは王都の騎士団施設へ戻った。
訓練場では、多くの騎士候補たちが汗を流している。
その中で。
一人の男がカイルへ声をかけた。
「珍しいな」
「何が?」
「お前がそんな顔をしているのがだ」
男は笑う。
「何かあったのか?」
カイルは少し考えた。
そして答えた。
「面白い奴に会った」
「お前より強い奴か?」
「今は違う」
「なら、なぜそんなに気になる?」
カイルは空を見る。
「強くなる奴だからだ」
「才能があるのか?」
その質問に。
カイルは首を横に振った。
「違う」
「じゃあ何だ?」
少し間を置いて。
カイルは答えた。
「才能がなくても、強くなり続ける奴だ」
◆
その頃。
魔界スキル商店。
アルトは新しい客を待ちながら、棚を整理していた。
契約記録の棚。
そこには今まで契約した者たちの記録が並んでいる。
ゴブリン。
サキュバス。
ダークエルフ。
スライム。
そして。
人間、レオン。
アルトは記録を見た。
【努力】
状態。
成長中。
「努力というスキルは、不思議なものですね」
普通のスキルなら。
使えば強くなる。
経験を積めば効果が分かる。
しかし。
努力だけは違う。
使う者の生き方そのものが、力になる。
だから。
どこまで成長するのか。
誰にも分からない。
アルトにも。
「……」
彼は静かに棚へ戻す。
まだ始まったばかり。
レオンという人間が。
どこまで積み重ねるのか。
それは本人にも。
そしてアルトにも。
まだ分からなかった。




