第29話 人間と努力⑤
冒険者になってから、レオンは毎日依頼を受けていた。
薬草採取。
街道の護衛。
低級魔物の討伐。
内容だけを見れば、決して華やかな仕事ではない。
周囲から見れば、新人冒険者が経験を積んでいるだけ。
しかし。
レオンにとっては違った。
全てが意味のある時間だった。
森を歩けば。
魔物が潜みやすい場所を覚える。
薬草を探せば。
植物の特徴を覚える。
魔物と戦えば。
動きの癖を覚える。
以前のレオンなら。
そんな細かなことを気にしていなかった。
強くなりたい。
早く結果を出したい。
その焦りばかりだった。
だが。
今は違う。
一つ一つ積み重ねる。
それがいつか力になる。
そう信じられるようになっていた。
「最近のお前、変わったよな」
酒場で同じ新人冒険者の男が言った。
「前はもっと必死だっただろ」
レオンは少し考える。
確かに。
昔の自分は、いつも周囲と比べていた。
あいつは才能がある。
あいつは評価されている。
それなのに自分は。
そんなことばかり考えていた。
「今も必死だよ」
レオンは答える。
「ただ、比べる相手を変えただけだ」
「誰と?」
「昨日の自分」
男は一瞬黙って。
「……なんか、お前らしくないな」
そう言って笑った。
レオンも少し笑う。
だが。
本当にそう思えた。
◆
そんなある日。
冒険者ギルドに一つの依頼が貼り出された。
『森林奥部に出現したブラッドウルフの討伐』
報酬は高額。
しかし。
誰もすぐには手を出さなかった。
理由は明確だった。
ブラッドウルフ。
通常のウルフ系魔物よりも大型。
素早く。
力も強い。
新人冒険者が一人で挑む相手ではない。
「やめておけ」
受付の男が言った。
以前。
レオンを笑った男だった。
「お前はまだ駆け出しだ」
「分かっています」
「なら、なぜ受ける?」
レオンは依頼書を見る。
「確認したいんです」
「何を?」
「今の自分が、どこまで行けるのか」
受付の男は黙った。
以前のレオンなら。
無謀な挑戦に見えた。
だが。
今の目は違う。
覚悟がある。
◆
森の奥。
レオンは慎重に進んでいた。
足跡。
草の倒れ方。
周囲の匂い。
以前なら見逃していた情報。
今は自然と目に入る。
努力スキル。
それは新しい能力を与えるものではない。
自分が積み上げてきた経験を。
決して失わせない力。
だから。
過去の失敗も。
全て意味を持つ。
「……来る」
次の瞬間。
茂みが揺れた。
巨大な狼型魔物が飛び出す。
ブラッドウルフ。
赤い瞳。
鋭い牙。
普通の冒険者なら恐怖で動けなくなる。
だが。
レオンは剣を構えた。
戦う。
◆
速い。
最初の一撃を避ける。
爪が頬をかすめる。
二撃目。
さらに避ける。
以前なら。
ここで崩れていた。
でも。
今は違う。
相手の動きが見える。
いや。
見えるようになったのではない。
何度も負けてきたから。
何度も考えてきたから。
身体が覚えている。
「そこだ!」
反撃。
剣が魔物の体を捉える。
しかし。
浅い。
ブラッドウルフは倒れない。
怒りの咆哮。
そして。
強烈な体当たり。
レオンは吹き飛ばされた。
地面を転がる。
痛みが走る。
息が苦しい。
一瞬。
昔の感覚が戻ってくる。
無理だ。
勝てない。
才能がない。
そんな声。
しかし。
レオンは立ち上がった。
「……違う」
剣を握る。
「もう、それは理由にしない」
◆
ブラッドウルフが迫る。
今までで一番速い。
だが。
レオンは落ち着いていた。
相手を見る。
動きを読む。
そして。
過去の自分なら選ばなかった一歩を踏み込む。
ギリギリで攻撃をかわす。
懐へ入る。
一撃。
二撃。
最後の一撃。
剣が急所を捉えた。
ブラッドウルフが倒れる。
静寂。
◆
レオンはその場に座り込んだ。
勝った。
だが。
圧倒的な力で勝ったわけではない。
何度も危なかった。
何度も失敗した。
だから分かる。
この勝利は。
突然手に入った力ではない。
今までの全てが繋がった結果だ。
「……」
空を見る。
昔の自分なら。
ここで叫んでいただろう。
見返してやった。
認めさせた。
そう言っていたかもしれない。
でも。
今は違う。
ただ。
嬉しかった。
◆
その頃。
魔界スキル商店。
アルトは棚の整理をしていた。
すると。
店の奥に保管していた一枚の紙が淡く光る。
アルトは振り返る。
それは。
契約記録。
スキルを購入した客との契約が記されたもの。
普段は何も変化しない。
しかし。
契約者が大きな成長を遂げた時。
記録だけが反応する。
アルトは紙を見る。
そこに刻まれた文字。
【努力】
契約者。
レオン。
状態。
成長。
「……」
アルトは少しだけ目を細めた。
遠くを見ることはできない。
彼が何をしているかも分からない。
ただ。
売ったスキルが。
確かに育っている。
それだけは分かった。
「良い契約だったようですね」
アルトは静かに呟く。
そして。
また帳簿を閉じた。
次の客を待つために。




