第28話 人間と努力④
冒険者ギルドに登録してから、一ヶ月。
レオンの生活は大きく変わっていた。
以前なら。
朝起きても、何をするべきか分からなかった。
剣を振っても意味がない。
魔法を練習しても才能がない。
周囲から言われ続けた言葉が、いつも頭の中に残っていた。
『お前には才能がない』
『努力しても無駄だ』
『向いていない』
何度も聞いた。
何度も傷付いた。
そしていつしか。
レオン自身もそう思うようになっていた。
自分には何もない。
特別なものなど一つもない。
だから。
魔界スキル商店を見つけた時。
最後の望みだと思った。
才能が買えるなら。
人生を変えられるなら。
何でも良かった。
だが。
手に入れたものは。
【努力】
最初は失望した。
期待外れだと思った。
しかし。
今なら分かる。
この力は。
自分が今まで積み重ねてきたものを。
決して無駄にしない力だった。
◆
「レオン!」
冒険者ギルドの前で声をかけられる。
振り返る。
そこにいたのは。
懐かしい顔だった。
「……カイル」
同じ村で育った幼馴染。
カイル。
レオンとは正反対の存在。
幼い頃から才能に恵まれていた。
剣を握ればすぐ覚える。
魔力を測れば高い数値を出す。
十歳の頃には村中から期待されていた。
そして今。
王都騎士団候補。
誰もが認める未来の英雄。
「久しぶりだな」
カイルは笑った。
昔と変わらない笑顔。
だが。
レオンの胸には少し複雑な感情があった。
「お前が冒険者になったって聞いた」
「まあな」
「正直、驚いたよ」
その言葉に。
レオンの表情が少し曇る。
「まだそんなこと言ってるのか」
「いや、違う」
カイルは首を振った。
「本当に驚いてる」
「お前、変わったな」
レオンは黙る。
以前なら。
その言葉を素直に受け取れなかった。
どうせ馬鹿にしている。
そう思っていた。
だが。
今のカイルの目は違った。
本当に驚いている。
◆
「少し手合わせしないか?」
突然の提案。
レオンは目を見開く。
「俺と?」
「嫌か?」
「いや……」
断る理由はない。
むしろ。
試してみたかった。
自分がどこまで成長したのか。
そして。
才能ある人間との差が、本当に縮まっているのか。
◆
町の外。
二人は向かい合う。
カイルは木剣を持つ。
「手加減はしないぞ」
「分かってる」
昔なら。
この時点で震えていた。
勝てるわけがない。
そう思っていた。
だが。
今は違う。
レオンは剣を構える。
試合開始。
先に動いたのはカイルだった。
速い。
やはり速い。
才能というものを、そのまま形にしたような動き。
普通なら反応できない。
しかし。
レオンには見えた。
足の動き。
肩の揺れ。
呼吸の変化。
昔から何度も見てきた。
何度も負けてきた。
何度も分析した。
その全てが。
今のレオンの中に残っている。
剣を受ける。
一撃。
二撃。
三撃。
「……」
カイルの表情が変わる。
「お前」
「何だ?」
「昔より……」
言葉を止める。
レオンは踏み込む。
木剣が交差する。
一瞬。
レオンの剣がカイルの肩へ届く。
勝負あり。
◆
静寂。
カイルはしばらく動かなかった。
そして。
笑った。
「すごいな」
「……」
「本当にすごい」
その言葉に。
レオンは戸惑う。
昔なら。
一番聞きたかった言葉だった。
認めてほしかった。
才能があると言ってほしかった。
だが。
今聞くと。
少し違う。
「お前、何かしたのか?」
カイルが聞く。
「前のお前とは違う」
レオンは少し考える。
そして答えた。
「努力しただけだ」
カイルは笑う。
「それだけか?」
「それだけだ」
◆
だが。
カイルは知らない。
レオンが特別な力を手に入れたことを。
そして。
その力が何なのか。
知ればきっと驚くだろう。
なぜなら。
【努力】
というスキルは。
才能ある者ほど恐れる力だからだ。
才能ある者は。
最初から高い場所にいる。
だから。
成長が止まる。
しかし。
努力する者は違う。
昨日より今日。
今日より明日。
永遠に積み重ねる。
限界を決めない。
それこそが。
努力という才能。
◆
その夜。
レオンは宿へ戻った。
机の上には。
古びた一冊のノート。
昔から書き続けている記録。
剣の振り方。
失敗した魔法。
戦い方の反省。
誰にも見せなかった努力の証。
以前なら。
このノートを見るたびに思っていた。
これだけやっても駄目だった。
才能がない証拠だ。
そう思っていた。
しかし。
今は違う。
ページをめくる。
そこには。
無数の失敗が書かれている。
でも。
その全てが。
今の自分を作っていた。
「……無駄じゃなかったんだな」
初めて。
心からそう思えた。
◆
魔界スキル商店。
アルトは一冊の帳簿を見る。
レオンの記録。
【努力】
評価。
成功。
しかし。
アルトは小さく呟いた。
「まだ始まったばかりですね」
努力という力は。
短期間で結果を出すものではない。
時間が経つほど。
経験が増えるほど。
真価を発揮する。
だからこそ。
このスキルを選んだ。
彼は。
一瞬だけ輝く天才ではない。
積み重ね続ける者だから。




