第27話 人間と努力③
翌朝。
レオンは目を覚ました。
不思議なほど気分が良かった。
いつもなら朝起きた瞬間。
胸の奥に重いものがあった。
また失敗するかもしれない。
また笑われるかもしれない。
そんな不安。
だが。
今日は違った。
「……」
レオンは自分の手を見る。
昨日。
自分は何か特別な力を手に入れた。
そう思っていた。
しかし。
身体が強くなったわけではない。
魔力が増えたわけでもない。
剣の技術が突然身についたわけでもない。
それでも。
何かが変わっていた。
「確かめるか」
レオンは宿を出た。
◆
町の外。
いつもの練習場所。
一本の木剣を握る。
昔から使っているものだ。
傷だらけ。
何度も修理した。
才能がない自分と一緒に歩いてきた剣。
「……」
振る。
一回。
二回。
三回。
十回。
百回。
昨日と同じだった。
だが。
違う。
昨日より。
ほんの少しだけ。
動きが良い。
足の位置。
手首の角度。
力の入れ方。
昨日まで気付かなかった無駄が見える。
「なるほど……」
努力スキル。
これは力を与える能力ではない。
自分が積み重ねたものを。
絶対に無駄にしない能力なのだ。
◆
それから一週間。
レオンは毎日剣を振った。
朝。
昼。
夜。
以前と同じ努力。
だが結果は違った。
昨日できなかったことが。
今日できる。
今日できなかったことが。
明日できる。
当たり前のこと。
しかし。
それが今までのレオンにはなかった。
どれだけ頑張っても。
才能ある者との差は縮まらなかった。
だが。
今は違う。
一歩ずつ。
確実に進んでいる。
「……楽しい」
レオンは小さく呟いた。
努力することが。
苦痛ではなくなっていた。
◆
そんなある日。
町の冒険者ギルドへ向かった。
目的は一つ。
依頼を受けるため。
今まで何度も門前払いされた場所。
「おい」
受付の男が顔を上げる。
「また来たのか」
以前。
レオンを笑った男だった。
「新人冒険者になりたいんだろ?」
「無理だと思うぞ」
「才能がないって有名だからな」
周囲から笑い声が聞こえる。
以前なら。
ここで俯いていた。
自分には無理だと思っていた。
だが。
今日は違う。
「試験を受けたい」
レオンは真っ直ぐ言った。
受付の男は鼻で笑う。
「まだ諦めてなかったのか」
その瞬間。
昔なら胸に刺さっていた言葉が。
不思議と気にならなかった。
認められたい。
その気持ちはまだある。
だが。
もう誰かの評価だけで、自分の価値を決めない。
「受けさせてくれ」
その目を見て。
受付の男は少しだけ黙った。
◆
試験内容は簡単だった。
木剣による模擬戦。
相手は現役冒険者。
レオンより三歳年上。
経験も実力も上。
「悪いけど」
相手は笑う。
「怪我する前に降参した方がいいぞ」
試合開始。
相手が迫る。
速い。
以前のレオンなら。
一撃も避けられなかった。
だが。
見える。
足運び。
剣の軌道。
呼吸。
今まで何千回も練習してきたから。
そして。
努力スキルが。
その全てを積み重ねているから。
レオンは避けた。
「なっ!?」
周囲がざわめく。
一度ではない。
二度。
三度。
相手の攻撃を避け続ける。
そして。
一瞬の隙。
レオンは踏み込んだ。
木剣が止まる。
相手の喉元。
勝負あり。
静寂。
誰も声を出せなかった。
◆
「……合格だ」
試験官が呟いた。
レオン自身も驚いていた。
勝てた。
いや。
違う。
勝ったのではない。
今まで積み重ねてきたものが。
ようやく結果になった。
それだけだった。
◆
その日の夜。
レオンは空を見上げる。
昔の自分なら。
ここで叫んでいたかもしれない。
見返してやった。
ざまあみろ。
そう言っていたかもしれない。
でも。
今は違う。
嬉しい。
ただ、それだけだった。
そして。
遠く離れた魔界。
魔界スキル商店。
アルトは帳簿へ記入する。
【努力】
契約者:レオン
評価:成功
しかし。
まだ途中。
アルトはペンを止めた。
「この方の成長速度は……」
少しだけ珍しく。
興味を持った表情になる。
「予想以上ですね」
努力。
それは弱者が最後に縋るものではない。
積み重ねる者にとって。
それは。
最強の才能になり得る。




