第26話 人間と努力②
「努力」
その文字を見た瞬間。
レオンの中にあった期待は、一気に冷めた。
魔界スキル商店。
人生を変える力を売る店。
その噂を聞いた時、想像していたものがある。
剣の才能。
魔法の才能。
英雄になれる特別な力。
誰もが羨む、唯一無二の能力。
だが。
目の前にあるのは。
【努力】
「……」
レオンは無言で結晶を見つめる。
「本当にこれなのか?」
「はい」
アルトの返事は迷いがなかった。
「俺が欲しいのは、努力じゃない」
レオンは絞り出すように言う。
「努力なら……もうしてきた」
その言葉には苦い感情が混ざっていた。
毎日剣を振った。
魔法書を読んだ。
身体を鍛えた。
誰よりも早く起きて。
誰よりも遅くまで練習した。
それでも。
結果は出なかった。
才能がある者には勝てなかった。
努力しても届かなかった。
だからこそ。
レオンは才能を求めたのだ。
「努力でどうにもならなかったから、ここへ来たんだ」
アルトは静かに頷く。
「そうでしょうね」
「なら……」
レオンは顔を上げる。
「なぜ努力なんだ?」
アルトは少し考えるように沈黙した。
そして。
「お客様は努力をしたのではありません」
「……?」
「努力しても無駄だと思いながら、それでも諦めなかった」
レオンの表情が変わる。
「それは才能です」
「違う」
「違いません」
アルトははっきり言った。
「多くの者は、結果が出なければ諦めます」
「ですが、お客様は違った」
「何度失敗しても、まだ強くなろうとした」
レオンは拳を見る。
何度も握りしめた手。
剣を振ってできた傷。
魔法の練習で焼けた指。
全部無駄だったと思っていた。
でも。
本当にそうだったのか。
◆
「では契約を」
アルトが言う。
レオンは我に返った。
「代価は何だ?」
重要な質問だった。
この店のスキルは無料ではない。
必ず対価を支払う。
アルトは頷いた。
「まず料金ですが」
「料金?」
「はい」
アルトは帳簿を開く。
「【努力】の販売価格は銀貨五十枚です」
レオンは固まった。
「……金を取るのか?」
「商店ですので」
当然のように言う。
レオンは思わず頭を抱えた。
今までの流れで忘れていた。
ここは願いを叶える神殿でもなければ、慈善事業でもない。
店だ。
商売だ。
「高いな……」
「高性能ですので」
アルトは真顔だった。
値切る気配もない。
レオンは財布を取り出す。
旅費を切り詰めて貯めた金。
冒険者見習いとして働いて得た金。
決して安くはない。
だが払えない額でもなかった。
「……払う」
銀貨を並べる。
アルトは丁寧に数えた。
「確かに」
そして帳簿へ記録する。
商売人らしい手際だった。
「それと」
アルトは続ける。
「もう一つ代価をいただきます」
「まだあるのか?」
「はい」
レオンはため息を吐いた。
やはり簡単にはいかないらしい。
「何だ?」
アルトは答える。
「お客様の『言い訳』をいただきます」
「……言い訳?」
「はい」
レオンは眉をひそめる。
「それを失って何になる」
「必要ありませんか?」
アルトは逆に尋ねた。
レオンは答えられない。
アルトは続ける。
「才能がないから」
「環境が悪かったから」
「周囲が理解してくれなかったから」
「もちろん、それらが事実だったこともあるでしょう」
「ですが」
アルトはレオンを見る。
「それらを理由に、自分自身の可能性まで否定してしまった」
レオンは黙る。
痛いところを突かれた。
確かに。
いつからだろう。
努力しても無駄だと思い始めたのは。
いつからだろう。
才能がない自分を受け入れようとしていたのは。
「言い訳を失えば」
アルトは続ける。
「もう逃げ道はなくなります」
「自分がどうするか」
「それだけと向き合うことになります」
レオンは結晶を見る。
【努力】
本当にこれで変われるのか。
分からない。
だが。
今までだって。
分からないまま剣を振ってきた。
なら。
最後にもう一度だけ。
◆
「契約する」
レオンは言った。
アルトは頷く。
「承知しました」
金色の結晶が光る。
レオンの胸へ吸い込まれる。
その瞬間。
何かが抜け落ちた。
不思議な感覚だった。
だが嫌な感じではない。
むしろ。
胸の奥にあった重たい霧が晴れたような気がした。
世界が変わった。
……わけではなかった。
雷も落ちない。
身体が巨大化することもない。
剣が突然扱えるようになることもない。
「……」
レオンは拍子抜けする。
「これだけ?」
アルトは答えない。
代わりに。
「剣を振ってみてください」
◆
店の外へ出る。
そこには一本の木剣が置いてあった。
レオンは手に取る。
いつもの剣。
何千回も振った剣。
「いくぞ」
振る。
一回。
二回。
三回。
十回。
百回。
そこで。
レオンは違和感に気付いた。
疲れない。
正確には。
疲れている。
だが。
今までとは違う。
体が覚えている。
無駄な動きがない。
昨日まで十回で崩れていた姿勢が。
百回振っても崩れない。
「……」
もう一度振る。
今度は速い。
さらに振る。
さらに。
気付けば。
レオンは夢中になっていた。
そしてふと思う。
もっと振ろう。
もっと上手くなろう。
その考えに。
「どうせ無駄だ」
という言葉が続かなかった。
レオンは目を見開く。
今まで何度も浮かんできた諦めの言葉。
それが出てこない。
言い訳を失った代価は。
思った以上に大きかった。
◆
店の中から見ていたアルトは、小さく呟く。
「努力」
それは才能がない者の慰めではない。
積み重ねた時間。
経験。
失敗。
全てを力へ変える才能。
普通なら。
百回努力して、百の成果を得る。
だがこのスキルを持つ者は違う。
昨日の百回。
今日の百回。
明日の百回。
全てが積み重なる。
努力した分だけ。
決して裏切らない。
それが。
【努力】というスキルだった。
◆
レオンは知らない。
【努力】というスキルの素晴らしさを。




