第25話 人間と努力①
その店は、普通の地図には載っていない。
魔界の片隅。
深い森の奥。
古びた木造の平家。
そこに一つの看板がある。
【魔界スキル商店】
しかし。
誰もが辿り着けるわけではなかった。
店の存在を知っていても。
場所を聞いても。
探し回っても。
見つけられない者の方が多い。
理由は誰にも分からない。
ただ、魔族の間では一つの噂だけが残っていた。
『本当に人生を変えたい者だけが、あの店へ辿り着ける』
と。
◆
アルトはいつものように帳簿を整理していた。
最近は客が増えてきた。
ゴブリン。
サキュバス。
ダークエルフ。
スライム。
それぞれ違う願いを持った者たち。
そして今日。
また一人。
新しい客が訪れた。
カラン。
扉の鈴が鳴る。
アルトは顔を上げた。
「いらっしゃいませ」
入ってきた人物を見て、少しだけ目を細める。
人間だった。
若い男。
年齢は十七、十八ほど。
服は汚れている。
靴には泥がついている。
長旅をしてきたのだろう。
男は警戒しながら店内を見回した。
「本当に……あった」
小さな声。
アルトは聞き逃さなかった。
「当店を探していたのですか?」
男は驚いた顔をする。
「知っているのか?」
「お客様がそういう顔をされていましたので」
男は苦笑する。
「変な店主だな」
「よく言われます」
男はしばらく黙った。
そして。
「俺はレオン」
初めて名乗った。
「人間だ」
「承知しております」
「……魔族の店なのに?」
「お客様であることに種族は関係ありません」
その言葉に、レオンは少しだけ驚いた。
人間と魔族。
長年争ってきた二つの種族。
普通なら敵同士だ。
だが目の前の店主は、まるで気にしていない。
「変わった奴だな」
レオンは椅子へ座った。
そして小さく息を吐く。
「……噂を聞いた」
「噂?」
「人生を変える力を売る店があるって」
アルトは頷く。
「間違いではありません」
「じゃあ」
レオンは拳を握った。
「俺にも売ってくれ」
◆
レオンは語った。
自分には何もないこと。
村では役立たずと言われていたこと。
冒険者を目指したが、才能がないと言われたこと。
幼馴染は騎士になった。
同年代は魔法使いになった。
弟は天才と呼ばれている。
「俺だけだ」
レオンは俯く。
「俺だけ、何も持っていない」
その声には悔しさがあった。
長い間、抱えてきた感情。
「だから欲しい」
顔を上げる。
「才能が欲しい」
「誰にも負けない才能が」
アルトは静かに見つめる。
「本当に?」
「……何がだ」
「才能が欲しいのですか?」
レオンは眉をひそめる。
「当たり前だろ」
「では質問します」
アルトは紅茶を置く。
「才能を手に入れて、何をしたいのですか?」
「強くなる」
「その後は?」
「有名になる」
「その後は?」
レオンは黙った。
答えられない。
アルトは続ける。
「有名になった後、何を望みますか?」
しばらく沈黙。
そして。
レオンの口から漏れた。
「……認められたい」
小さな声だった。
「俺だってできるって」
「才能がないって笑った奴らに」
「間違っていたって思わせたい」
アルトは頷く。
ようやく見つけた。
彼が本当に欲しいもの。
才能ではない。
復讐でもない。
認められること。
自分自身を肯定する理由。
◆
アルトは棚へ向かった。
一つのスキル結晶を取り出す。
黄金色の光。
レオンは息を呑む。
「それは……」
アルトは机へ置いた。
刻まれた文字。
【努力】
レオンは固まった。
「……努力?」
「はい」
「いや」
レオンは結晶を見る。
何度見ても同じ文字。
「俺が欲しいのは才能だぞ?」
「存じています」
「なのに努力?」
「はい」
レオンは頭を抱えた。
人生を変える力。
伝説級の能力。
そういうものを期待していた。
だが。
努力。
あまりにも普通だった。
「……本当にこれが俺に必要なのか?」
アルトは迷わず答えた。
「はい」
その声には確信があった。
「お客様に足りないのは才能ではありません」
「才能がないと思い込むほど、努力してきた自分を認める力です」
レオンは言葉を失った。
そして。
まだ知らない。
この世界で。
最も馬鹿にされている力が。
後に最も恐れられる力になることを。




