第24話 スライムと分裂④
子スライムたちの体が一斉に光り始めた。
淡い青色の光。
夜の湿地帯を照らすほどではない。
だが確かな魔力の輝きだった。
「ぷる?」
「ぷるる?」
当の本人たちは何が起きているのか分かっていない。
首を傾げている。
いや、首はない。
体が傾いている。
そんな呑気な様子だった。
しかし周囲のスライムたちは違った。
「何だあれ?」
「魔力が集まってるぞ!」
「まずいんじゃないか!?」
不安が広がる。
目の前には巨大な魔獣。
そして光り出した子スライムたち。
何が起きるのか誰にも分からない。
ポヨン自身も分からなかった。
ただ一つだけ確かなことがある。
危険だ。
子スライムたちが危ない。
それだけは分かる。
「逃げろぉぉぉ!」
ポヨンは叫んだ。
だが。
子スライムたちは逃げなかった。
むしろ。
ぴょん。
一匹が前へ出る。
ぴょん。
二匹目も。
ぴょん。
三匹目も。
次々と魔獣の前へ飛び出していく。
「何してるんだぁぁぁ!?」
ポヨンは絶叫した。
その瞬間だった。
子スライムたちが互いにぶつかった。
ぽよん。
体が重なる。
すると。
融合した。
「……え?」
一匹になった。
さらに。
別の子スライムも飛び込む。
融合。
また一匹になる。
さらに融合。
さらに融合。
さらに融合。
光はどんどん強くなっていく。
二十匹近い子スライムたちが、一つへ集まっていく。
湿地帯は静まり返った。
誰も言葉を発せない。
目の前で起きている現象が理解できなかった。
そして。
最後の一匹が融合した瞬間。
巨大なスライムが誕生した。
「ぷる!」
元気な声が響く。
大きい。
とにかく大きい。
魔獣と同じくらいある。
いや。
少し大きいかもしれない。
巨大スライムは自分の体を見下ろした。
右を見る。
左を見る。
そして。
「ぷるるー!」
なぜか喜んだ。
楽しそうだった。
完全に遊び感覚である。
一方。
魔獣は違った。
本能的に危険を感じたのだろう。
唸り声を上げながら突進する。
巨大な爪が振り下ろされる。
普通のスライムなら消し飛ぶ一撃。
だが。
巨大スライムは避けなかった。
ぽよん。
体を揺らしただけだった。
次の瞬間。
爪が埋まる。
スライムの体に。
ずぶりと。
魔獣は慌てた。
引き抜こうとする。
だが抜けない。
「ギャアアアア!」
暴れる。
さらに埋まる。
湿地帯のスライムたちは唖然としていた。
「強すぎないか?」
誰かが呟いた。
全員が同意した。
巨大スライムは魔獣を見つめる。
そして。
ぺちん。
叩いた。
ただそれだけだった。
だが。
魔獣は吹き飛んだ。
木を一本。
二本。
三本。
まとめてへし折りながら転がっていく。
最後には地面へ突き刺さった。
静寂。
完全な静寂だった。
数秒後。
「おおおおおおお!」
歓声が爆発した。
湿地帯中が大騒ぎになる。
「勝った!」
「倒したぞ!」
「すげぇ!」
皆が喜ぶ。
ドロンも興奮していた。
だが。
ポヨンだけは別のことを考えていた。
巨大スライムを見ていた。
あの力。
あの大きさ。
どこか見覚えがあった。
いや。
正確には違う。
見覚えがあるのではない。
理解したのだ。
【分裂】の意味を。
分かれたから弱くなったのではない。
分かれたから強くなった。
それぞれが経験し。
成長し。
必要な時に再び一つになる。
だから強い。
数の力。
個の力。
両方を持てる。
それが【分裂】だった。
その時。
巨大スライムの体が光り始める。
そして。
ぽこん。
ぽこん。
ぽこん。
子スライムたちへ戻っていく。
二十匹近い小さなスライムたち。
何事もなかったような顔をしていた。
「ぷる!」
一匹がポヨンへ飛び付く。
続いて二匹。
三匹。
四匹。
最終的に全員飛び付いた。
ポヨンは埋まった。
完全に。
「ぷるるるるるる……」
苦しい。
重い。
暑い。
だが。
少しだけ笑ってしまう。
周囲のスライムたちも笑っていた。
「やっぱり人気者だな」
ドロンが言う。
ポヨンは反論しようとした。
だが。
言葉が出なかった。
昔の自分なら喜んでいただろう。
人気者。
その言葉を。
だが今は少し違う。
人気者になれたことよりも。
この子たちが無事だったことの方が嬉しかった。
その事実に、自分自身が驚いていた。
夜。
騒ぎが落ち着いた後。
ポヨンは静かに星空を見上げていた。
隣には子スライムたち。
ぐっすり眠っている。
「ぷる……」
ふと。
アルトの言葉を思い出す。
――お客様の孤独をいただきます。
ようやく意味が分かった。
孤独を失った。
だから一人になれなくなった。
うるさい。
騒がしい。
面倒くさい。
だけど。
寂しくはない。
その時だった。
眠っていた子スライムの一匹が寝ぼけながら近寄ってくる。
そして。
ぴとっ。
ポヨンへくっついた。
「ぷるー……」
寝言らしい。
ポヨンは少しだけ笑う。
そして静かに空を見上げた。
モテたいと思っていた。
人気者になりたいと思っていた。
強くなりたいと思っていた。
だが本当に欲しかったものは。
案外、最初から別のものだったのかもしれない。
遠く離れた魔界スキル商店。
帳簿を閉じたアルトは、小さく頷いた。
【分裂】
契約者:ポヨン
評価:大成功
備考。
『本人はまだ認めていないが、現在とても幸せである』
その一文を書き終えた時。
カラン。
店の扉が開いた。
次の客がやって来たのだった。




