第23話 スライムと分裂③
ポヨンの静かな生活は、わずか一週間で完全に消滅した。
原因はもちろん子スライムたちである。
最初は一匹だった。
次の日には二匹。
三日後には五匹。
そして一週間後。
「ぷるー!」
「ぷるるー!」
「ぷるぷるー!」
ポヨンの周囲には十五匹の子スライムがいた。
全員元気。
全員自由奔放。
全員ポヨンが大好き。
そして全員が問題児だった。
「ぷるるる……」
ポヨンは朝から疲れていた。
理由は簡単だ。
眠れないのである。
夜になると子スライムたちは全員ポヨンの上で寝ようとする。
結果。
毎朝圧死寸前の状態で目を覚ます。
スライムなので死なないが。
精神的にはかなり辛い。
「ぷる!」
一匹が花を持ってくる。
「ぷる!」
別の一匹が泥だらけになって帰ってくる。
「ぷる!」
さらに別の一匹はどこからか虫を捕まえてきた。
褒めてほしいらしい。
ポヨンはもう何も考えたくなかった。
そんなある日のことだった。
湿地帯に異変が起きた。
「大変だ!」
巨大スライムのドロンが慌てて飛び込んでくる。
普段は余裕ぶっている彼が焦っている。
それだけで異常事態だった。
「どうした?」
「食料庫が空になってる!」
一同が固まる。
食料庫。
それは湿地帯の共有倉庫だ。
魔草や果実など、みんなで備蓄している食料が保管されている。
「盗賊か!?」
「違う!」
ドロンは震える触手で一点を指差した。
そこにいたのは。
子スライムたちだった。
全員が気まずそうにしている。
口元には食べかす。
いや、口はない。
体に食べかすが付いていた。
沈黙。
「ぷる?」
一匹が首を傾げる。
いや首はない。
体が傾いた。
「お前たちかぁぁぁぁ!!」
湿地帯に怒号が響いた。
そこからが大変だった。
子スライムたちは謝るどころか、さらに増えていく。
十五匹。
十六匹。
十八匹。
二十匹。
どんどん増殖する。
食料消費量も増える。
湿地帯の住民たちは頭を抱えた。
「これ大丈夫なのか?」
「本当に大丈夫なのか?」
「増えすぎじゃないか?」
誰もがそう思った。
ポヨン自身も思っていた。
正直に言う。
少し不安だった。
いや、かなり不安だった。
その夜。
ポヨンは珍しく一人で沼を見つめていた。
もちろん完全な一人ではない。
背後には二十匹近い子スライムがいる。
それでも考え事はできた。
「ぷるる……」
本当にこれで良かったのだろうか。
人気者になりたい。
そう願った。
だが今は人気者というより保護者である。
完全に。
すると。
隣にドロンが座った。
「疲れてるな」
「ぷる……」
否定できない。
ドロンは少し笑った。
「でも変わったよな」
「何が?」
「お前」
ポヨンは首を傾げる。
ドロンは続けた。
「昔はずっと一人だったじゃないか」
その言葉にポヨンは黙る。
確かにそうだった。
仲間はいた。
でも深く関わる相手はいなかった。
だからいつも遠くから見ていた。
人気者のスライムたちを。
楽しそうな集団を。
羨ましいと思いながら。
「今は違う」
ドロンが笑う。
「お前の周り、いつも賑やかだ」
ポヨンは後ろを振り返る。
子スライムたちは楽しそうに遊んでいた。
喧嘩している子。
転がっている子。
泥遊びしている子。
落ち着きのない子ばかりだ。
だが。
みんな笑っている。
そして。
みんなポヨンのところへ帰ってくる。
その光景を見ていると、不思議と胸が温かくなった。
その時だった。
森の奥から悲鳴が聞こえた。
「敵だー!」
湿地帯が一気に緊張する。
住民たちが集まる。
現れたのは巨大な魔獣だった。
全長五メートルを超える黒いトカゲ。
鋭い牙。
硬い鱗。
湿地帯周辺でも危険とされる存在。
「まずい……」
ドロンの顔が青ざめる。
あれは強い。
大人のスライムたちだけでも苦戦する相手だ。
魔獣は湿地帯へ向かって突進してくる。
住民たちは慌てて避難を始めた。
だが。
子スライムたちは逃げなかった。
「ぷる?」
「ぷるる?」
何が起きているのか理解していない。
ポヨンは血の気が引いた。
「逃げろ!」
叫ぶ。
だが遅い。
魔獣が迫る。
巨大な爪が振り下ろされる。
子スライムたちが危ない。
その瞬間だった。
子スライムたちの体が一斉に光り始めた。
ポヨンは目を見開く。
何かが起きている。
何か大変なことが。
そして次の瞬間。
湿地帯全体を巻き込む、とんでもない奇跡が始まろうとしていた――。




