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『ようこそ魔界スキル商店へ』  作者: もかどら


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第3話 サキュバスと魅了

「ねぇリリア、本当にサキュバスなの?」


その言葉に、酒場のテーブルを囲んでいた魔族たちが笑った。


リリアは反論できなかった。


俯いたまま、持っていた果実酒の入ったグラスを見つめる。


「ご、ごめんなさい……」


謝る必要などない。


だが、気付けば謝るのが癖になっていた。


サキュバスは魅力の種族だ。


美貌。


色気。


話術。


他人を惹きつける才能。


それらを持っていて当たり前。


少なくとも魔界ではそう考えられている。


しかしリリアは違った。


会話は苦手。


人見知り。


人前では緊張して言葉が詰まる。


同族の女性たちのように自然に振る舞うこともできない。


「もっと愛想よく笑えば?」


「色気が足りないのよ」


「その性格じゃ無理じゃない?」


笑いながら飛んでくる言葉。


悪意はないのかもしれない。


だからこそ余計に辛かった。


リリアは小さく頭を下げると席を立った。


酒場を出る。


背後から聞こえる笑い声。


慣れているはずなのに胸が痛んだ。



夜風が頬を撫でる。


赤黒い月が魔界を照らしていた。


リリアは一人で荒野を歩く。


ポケットの中には小さな銀貨入れ。


中身はほとんどない。


最近始めた裁縫の仕事で少しずつ貯めたお金だ。


だが売上は良くない。


友人も少ない。


恋人もいない。


自分だけが取り残されている気がしていた。


「私も変われたらな……」


そう呟いた時だった。


前方からゴブリンたちの声が聞こえてきた。


「あの店はすごかったぞ!」


「本当にスキルが買えるんだ!」


「今度は俺も行く!」


リリアは思わず足を止める。


最近、噂になっている話だった。


魔界スキル商店。


願いに合ったスキルを売ってくれる不思議な店。


最初は作り話だと思っていた。


だが最近は噂を聞く回数が増えている。


特にゴブリンたちの間では有名らしい。


「本当にそんな店が……」


少しだけ迷う。


そして。


気付けば足は荒野の外れへ向かっていた。



翌日。


そこには確かに店があった。


木造の小さな建物。


看板にはこう書かれている。


『魔界スキル商店』


想像より普通だった。


怪しげな雰囲気もない。


むしろ静かで落ち着いている。


リリアは深呼吸して扉を開いた。


カラン。


鈴の音が響く。


「いらっしゃいませ」


奥から現れたのは一人の青年だった。


黒髪。


穏やかな表情。


そして。


人間。


「えっ……」


思わず声が漏れる。


青年は微笑んだ。


「店主のアルトです」


魔界で人間が店を開いている。


その事実だけでも驚きだった。


アルトはカウンターの向こうへ座る。


「本日はどのようなご用件でしょう?」


リリアは緊張しながら椅子に腰掛けた。


言葉が出ない。


恥ずかしい。


馬鹿にされるかもしれない。


だがアルトは急かさなかった。


しばらくして、ようやくリリアは口を開く。


「私……魅力的になりたいんです」


アルトは何も言わない。


ただ続きを待つ。


「サキュバスなのに魅力がなくて」


「皆に笑われて」


「私も変わりたくて……」


気付けば、色々なことを話していた。


酒場のこと。


裁縫の仕事のこと。


自分に自信が持てないこと。


アルトは最後まで黙って聞いていた。


やがて静かに言う。


「なるほど」


机の引き出しから紙を取り出す。


ペンが走る。


淡い光が文字を形作る。


数分後。


一枚のカードが完成した。


【魅了】


リリアは息を呑んだ。


「これが……」


「お客様の願いに最も近いスキルです」


アルトが答える。


「価格は?」


リリアは慌てて尋ねた。


商店なのだから当然だ。


無料なわけがない。


アルトはカードを見つめる。


そして答えた。


「銀貨八枚」


リリアの顔が曇る。


高い。


決して払えない金額ではない。


だが貯金のほとんどが消える。


アルトは続けた。


「それと、もう一つ」


「もう一つ?」


「お客様がお持ちの鏡をいただきます」


リリアは固まった。


ポケットから小さな手鏡を取り出す。


使い古された鏡だった。


毎日持ち歩いている。


自分の顔を確認するため。


少しでも魅力的になりたいと思って。


何年も使い続けていた。


「なぜ鏡を……?」


「このスキルを作るために必要だからです」


アルトはそれ以上説明しなかった。


しばらく迷った後。


リリアは銀貨と鏡を差し出した。


アルトは受け取る。


そしてカードを手渡した。


「使用しますか?」


リリアは頷く。


カードに触れる。


光が弾けた。


そしてカードは消えた。


体の奥へ溶け込むように。


不思議な感覚だった。


「これで完了です」


アルトが言う。


リリアは自分の手を見る。


まだ何も変わった気はしない。


「本当に効果があるんですか?」


思わず尋ねる。


アルトは少しだけ笑った。


「商品は本物です」


「ですが――」


そこで言葉を切る。


「願いを叶えることと、幸せになることは同じではありません」


リリアは意味が分からなかった。


だがアルトはそれ以上説明しない。


「またのご来店をお待ちしております」


それが会話の終わりだった。



店を出る。


荒野を歩く。


胸の中には期待と不安が混ざっていた。


本当に変われるのだろうか。


本当に魅力的になれるのだろうか。


握りしめた拳に力が入る。


その時だった。


前方から歩いてきた若いオーガが足を止める。


「あれ?」


オーガは目を丸くした。


そして照れくさそうに頭をかく。


「初めましてだよな?」


「え?」


「よかったら今度、一緒に食事でもどうだ?」


突然の誘いだった。


リリアは呆然と立ち尽くす。


オーガは慌てて去っていった。


残されたリリアは自分の胸に手を当てる。


鼓動が早い。


そして思う。


もしかして。


本当に――。


変わったのかもしれない。


だが彼女はまだ知らない。


その願いが叶った先に、思いもしなかった悩みが待っていることを。


そしてアルトの言葉の意味を知る日が近いことを。

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