第21話 スライムと分裂①
カラン。
魔界スキル商店の扉が開いた。
しかし。
誰も入ってこない。
「……?」
アルトは本から顔を上げた。
客の姿が見当たらない。
外を確認する。
誰もいない。
気のせいかと思った、その時だった。
ぷるん。
足元で何かが揺れた。
視線を下げる。
そこにいたのは――スライムだった。
青くて丸い。
どこにでもいる普通のスライム。
大きさはリンゴほど。
ぷるぷる震えている。
「お客様ですか?」
ぷるん!
元気よく跳ねた。
どうやらそうらしい。
アルトは少し考えた。
この店ができてから様々な客が来た。
ゴブリン。
サキュバス。
オーガ。
リッチ。
ダークエルフ。
だが。
スライムは初めてだった。
「どうぞ」
椅子を勧める。
スライムは椅子へ飛び乗ろうとして。
べちゃ。
落ちた。
「……」
ぷるぷる。
少し恥ずかしそうに震えている。
アルトは黙って椅子を低くした。
ぷるん!
今度は成功した。
どこか誇らしげだった。
「ご用件をお伺いします」
スライムは体を震わせる。
ぷる。
ぷるぷる。
ぷるるん。
「申し訳ありません」
アルトが言う。
「分かりません」
ぷるっ!?
スライムが衝撃を受けたように揺れた。
どうやら一生懸命説明していたらしい。
◆
十分後。
アルトは理解した。
正確には理解できる魔道具を用意した。
机の上には翻訳水晶。
スライム語を魔族語へ変換するらしい。
「これで大丈夫です」
スライムが飛び跳ねる。
『やっと通じるー!!』
意外と元気な声だった。
『ボク、強くなりたいんです!』
「なるほど」
『最近みんなに負けるんです!』
話を聞く。
どうやら近くの湿地帯に住んでいるらしい。
そこには他のスライムもたくさんいる。
だが問題があった。
『みんな大きいんです!』
ぷるん。
胸を張る。
いや、胸はない。
『ボクだけ小さいんです!』
「なるほど」
つまり体格差だった。
『仲間たちはどんどん大きくなってるんです!』
『なのにボクだけ普通なんです!』
『悔しいんです!』
アルトは頷く。
よくある悩みだった。
種族は違うが。
◆
「では質問です」
『はい!』
「なぜ大きくなりたいのですか?」
スライムは即答した。
『モテたいからです!』
店内が静かになった。
アルトは少しだけ天井を見た。
最近の客は。
復讐とか。
人生とか。
重い相談が続いていた。
久しぶりだった。
こんな理由。
『だって人気ないんですよ!』
スライムは熱弁する。
『大きいスライムは格好いいんです!』
『強いし!』
『モテるし!』
『羨ましいんです!』
どうやら切実らしい。
◆
アルトは紙を取り出した。
ペンが走る。
光が文字を刻む。
やがて完成する。
スライムは期待に満ちた目で見つめた。
そして。
『おおおおおお!!』
大歓声。
カードにはこう書かれていた。
【分裂】
◆
『分裂!?』
「はい」
『大きくなるんじゃないんですか!?』
「いいえ」
即答だった。
スライムは混乱する。
『えっと……』
『ボク、大きくなりたいんですが……』
「知っています」
「ですがお客様は人気者になりたいのでしょう?」
『そうです!』
「でしたらこちらです」
意味が分からない。
スライムは首を傾げる。
いや首はない。
体が傾いた。
◆
「価格は金貨一枚」
安かった。
『助かります!』
スライムは喜んだ。
だが。
アルトは続ける。
「それと代価があります」
スライムは覚悟を決める。
何でも来い。
そう思った。
そして。
アルトが言った。
「お客様の孤独です」
『え?』
「お客様の孤独をいただきます」
『え?』
◆
沈黙。
◆
『ボク、ただでさえ孤独なんですが!?』
『さらに孤独になるんですか!?』
『どういう事ですか!?』
スライムは机の上で大暴れした。
ぷるぷるぷるぷる。
激しく揺れる。
アルトは静かに紅茶を飲む。
そして言った。
「問題ありません」
『あります!!』
「大丈夫です」
『不安しかないです!!』
店内にスライムの悲鳴が響く。
だが。
この時のスライムはまだ知らない。
【分裂】がこの店でも屈指の当たりスキルであることを。
そして数日後。
湿地帯中を巻き込む大騒動になることを。
まだ誰も知らなかった。




