第20話 ダークエルフと継承④
戦いは突然始まった。
森の上空を矢が駆け抜ける。
最初の一射は黒森側だった。
木陰から放たれた矢が紅牙族の戦士の肩を貫く。
「敵襲だ!」
怒号が響いた。
紅牙族が武器を構える。
だが、その瞬間には既に第二射、第三射が飛んでいた。
「右から回り込め!」
「散開しろ!」
紅牙族の隊長ガルドが指示を飛ばす。
歴戦の戦士らしい判断だった。
しかし。
「予想通りね」
離れた場所でレイナは呟いた。
敵の動きが手に取るように分かる。
昔の彼女なら、自ら矢を放ちながら前線へ出ていた。
だが今は違う。
仲間を動かしている。
育てた者たちを信じている。
「第二班、誘導開始」
指示が飛ぶ。
若い戦士たちが素早く移動する。
紅牙族は追う。
その先にあるのが罠とも知らずに。
足元の地面が崩れた。
「ぐあっ!」
二人の戦士が落下する。
深くはない。
だが十分だった。
隊列が乱れる。
そこへ再び矢が降り注いだ。
ガルドが舌打ちする。
「小賢しい真似を!」
その声を聞きながら、レイナは静かに息を吐いた。
昔なら嫌っていた戦い方だ。
正面からぶつかればいい。
力で勝てばいい。
そう思っていた。
だが、それは違った。
勝つこと。
守ること。
そのために必要なのは意地ではない。
知恵だ。
仲間だ。
積み重ねた経験だ。
その時だった。
「レイナ姉ちゃん!」
後方から声が飛ぶ。
ユートだった。
「左から三人!」
レイナは即座に反応する。
木々の隙間。
確かに回り込んでいる敵が見えた。
以前なら気付かなかったかもしれない。
いや。
気付けたとしても自分で対処していただろう。
今は違う。
育てた子供たちが目になっている。
耳になっている。
「第三班、迎撃!」
指示が飛ぶ。
待機していた戦士たちが飛び出した。
敵の奇襲は失敗する。
ユートは拳を握った。
初めてだった。
戦場で役に立ったのは。
戦士ではない。
英雄でもない。
それでも。
自分の役割があった。
その頃。
ガルドは焦っていた。
おかしい。
数では勝っている。
戦士の質も高い。
なのに押し返されている。
まるで森全体が敵のようだった。
「隊長!」
部下が叫ぶ。
「囲まれています!」
ガルドが周囲を見る。
いつの間にか退路が塞がれていた。
前にも敵。
後ろにも敵。
左右にも敵。
完全包囲。
そこで初めて気付く。
自分たちは森へ誘い込まれていたのだと。
「誰が指揮している……?」
そして見つける。
少し離れた場所。
弓を持ったダークエルフの女性。
レイナだった。
ガルドの目が見開かれる。
「お前は……」
忘れるはずがない。
十年前の少女。
焼け落ちる村で泣いていた子供。
「生きていたのか」
レイナは静かに前へ出た。
胸の奥で怒りが燃える。
今でも。
十年経った今でも。
許せない。
だが。
不思議だった。
以前ほど視界が赤くならない。
怒りだけではないからだ。
背後には仲間がいる。
育てた子供たちがいる。
守りたい未来がある。
「ガルド」
レイナが名前を呼ぶ。
「今日で終わりにする」
ガルドは笑った。
「一人で何ができる」
「一人じゃない」
即答だった。
その言葉と同時に。
周囲から何本もの矢が放たれる。
若い狩人たち。
戦士たち。
そしてユート。
皆が一斉に弓を引いた。
ガルドは慌てて防御する。
だが防ぎ切れない。
肩。
脚。
腕。
次々と矢が突き刺さる。
「ぐっ……!」
膝をつく。
その姿を見ながら、レイナは静かに歩み寄った。
十年間追い続けた仇。
夢にまで見た相手。
ようやく辿り着いた。
ガルドが睨み付ける。
「殺せ」
レイナは弓を構える。
矢をつがえる。
周囲が静まる。
誰もが見守る。
そして。
ゆっくりと弦を引いた。
だが。
その矢は放たれなかった。
レイナは静かに弓を下ろす。
ガルドが驚く。
周囲も驚く。
「なぜだ」
絞り出すような声。
レイナはしばらく空を見上げた。
そして答える。
「もう十分だから」
本当にそうだった。
昔なら殺していた。
迷わず。
だが今は違う。
この男を殺しても家族は戻らない。
失った時間も戻らない。
復讐は終わるかもしれない。
けれど。
自分の未来までそのために使う気はなかった。
「追放しなさい」
レイナが言う。
戦士たちがざわめく。
「二度と森へ入るな」
ガルドは信じられない顔をしていた。
だがレイナはもう見ていない。
視線は後ろへ向いていた。
ユートたち。
若い世代。
これからの未来。
守りたかったもの。
本当に大切だったもの。
それらがそこにあった。
夕暮れの森に風が吹く。
十年前から続いていた物語が、ようやく終わった。
そして。
レイナの新しい人生が、静かに始まろうとしていた。




