第19話 ダークエルフと継承③
紅牙族の侵入が確認されてから三日。
黒森全体が緊張に包まれていた。
見張りの数は増え、狩りに出る者も必ず複数人で行動するようになった。
戦士たちは武器の手入れを繰り返し、長老たちは避難計画を確認している。
十年前の悲劇を知る者ほど表情は硬かった。
そして、その中心にいるのがレイナだった。
「北の監視地点から報告です」
若い戦士が駆け込んでくる。
「紅牙族の集団を確認!」
集会所の空気が張り詰める。
「数は?」
「二十ほど!」
ざわめきが広がった。
小規模な偵察部隊ではない。
明らかに戦闘を想定した人数だった。
戦士長が地図へ視線を落とす。
「目的地は分かるか?」
「おそらく旧集落跡です」
その言葉にレイナの心臓が強く脈打った。
旧集落。
かつて自分たちの村があった場所。
そして焼き払われた場所。
「……そう」
短く呟く。
胸の奥から黒い感情が顔を出す。
憎しみ。
怒り。
復讐心。
消えたわけではなかった。
ただ押し込めていただけだ。
「レイナ」
戦士長が声を掛ける。
「行けるか?」
レイナは頷いた。
「もちろん」
今度は逃げない。
向き合う時が来たのだ。
翌朝。
レイナは数名の戦士と共に森を進んでいた。
木々の間を静かに移動する。
風向き。
足跡。
匂い。
全てを確認しながら進む。
その時だった。
後方から小さな物音が聞こえる。
振り返る。
「……何してるの?」
そこにはユートたちがいた。
以前弓を教えていた少年少女たちだ。
全員が気まずそうな顔をしている。
「ついてきちゃった」
「帰りなさい」
即答だった。
「でも!」
「帰りなさい」
二度目はさらに強かった。
少年たちは肩を落とす。
だが。
その中でユートだけは真っ直ぐレイナを見ていた。
「俺たち、足手まといかもしれない」
レイナは黙る。
「でも、何もできないまま守られるだけは嫌だ」
その言葉に、十年前の自分が重なった。
何もできなかった自分。
守られるだけだった自分。
失った後で後悔した自分。
レイナは小さく息を吐く。
そして。
「絶対に前へ出るな」
少年たちの顔が明るくなった。
「はい!」
結局、同行を許した。
甘い判断かもしれない。
だが、なぜか必要な気がした。
数時間後。
一行は旧集落跡へ到着した。
そこは今も焼け跡のままだった。
黒く焦げた木々。
崩れた建物。
十年経っても傷跡は消えていない。
レイナは静かに周囲を見回す。
そして。
見つけた。
紅牙族だ。
大柄な戦士たちが周囲を警戒している。
その中心には、一際大きな男がいた。
赤い牙の装飾。
傷だらけの顔。
レイナはその姿を忘れたことがない。
「ガルド……」
十年前。
村を襲った部隊の隊長。
家族を失うきっかけを作った男。
胸の奥で何かが燃え上がる。
呼吸が荒くなる。
手が震える。
もし今ここに【復讐】があったら。
迷わず飛び出していただろう。
その時だった。
背後から小さな声が聞こえる。
「レイナ姉ちゃん」
ユートだった。
不安そうな顔をしている。
その瞳を見た瞬間。
レイナの頭は冷えた。
違う。
今は一人じゃない。
背負っているものがある。
守るべき未来がある。
レイナは静かに弓を構えた。
そして仲間たちへ指示を出す。
「戦士班は左から回り込む」
「索敵班は退路を確認」
「ユートたちは後方支援」
戦士たちが驚いた顔をする。
以前のレイナなら、自分が先頭に立って突っ込んでいたはずだ。
だが今は違う。
全体を見ている。
仲間を見ている。
「行くわよ」
短い号令。
次の瞬間。
森が動いた。
矢が飛ぶ。
戦士が駆ける。
紅牙族が叫ぶ。
戦いが始まった。
十年前から続く因縁。
その決着の幕が、静かに上がった。




